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プロフィール

徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
近況報告です



5月5日 金曜日

桜も終わり藤の花も終わり
ふと見上げれば
山は初夏というより夏の色合いと光を放っています

世間ではゴ~ルデンウイ~クの真っ最中ですね
この時を逃してはと、、、渡比されている方も多いでしょう

私も出来ることなら飛んでいきたいし
逆に3月末からケンケンが夏休みになりますし
約2名を日本に呼び日本の美しさ、良さを味わわせてあげたい
それを考えていたのですが、、、

3月の下旬から母が危篤状態になりました

去年母はまた脳梗塞を起こしたらしく
右手も動かなくなってしまい
そのときは生きていても仕方ないだろう

そう思ってましたが

いざその時が近づくと
いてもたってもいられず、、、

病院に行くのもツライけど
気になって行ってしまう

寝ていても携帯が鳴った!と飛び起きても着信履歴はなし

13年間介護した肉親の命の火が消えようとしている
過度のストレス状態が続いて睡眠不足のなか
4月6日に亡くなりました

私は私の性格から
きっと母が死んでも泣かないだろう

そう思ってましたが

担当の副院長に挨拶をするとき
涙が止まらず挨拶ができませんでした

亡くなるまでの2週間近く
病院の皆さんは本当によくして頂いたし

亡くなっても身体を拭いて着替えさせ
化粧までしてくれて

霊安室に運んでからも副院長をはじめ
たくさんの方々が代わる代わる線香を上げにきてもらい

車で葬儀場に運ぶ時も副院長と1番良くしてもらった看護師さんと
見送りに来てくれました

「お母さん、皆さんに良くしてもらって本当に良かったね」

薄暗くなってから葬儀場に着き
その晩は私と妹で夜伽

私は雨の中、自転車で母に供える花と食品果物
それと私たちの食品、酒、ビ~ルを買いに行き
ささやかだけど私なりに精一杯豪華に飾りました

妹がポツリと

「愛を感じるね。
1番大好きだった徳さんにこうしてもらってお母さんも喜んでいるよ」

本当は翌日が通夜
翌々日が葬儀なのですけど、ちょうどその日が仏滅
その翌日の日曜日もお坊さんがどうしても外せぬ用事があって
他に頼むも、他の天台宗のお坊さんは皆さん予約済みとのこと

母をこのまま置いといてもかわいそうだし
私のこと、、、いつもの発想で

それならお坊さんに頼んで翌日葬儀
その晩に家族だけの通夜をしよう

通常とは逆さまですがこの技で何とか乗り切り
かえってお坊さんにも喜ばれてしまいました

両親が35年前ほどその寺の納骨堂を買っているのですが
喜ばれているこのときを逃さず

「和尚さん勝手ですがお願いがあるのです
 母は父の里の人、誰も知らないですし
 知らない土地、知らない場所でひとりポツリと居させるのもかわいそうです
 父もそう長くはないと思いますし
 父が逝って49日過ぎたとき一緒に納骨させてもらうことは可能でしょうか?」

「それは構わないですよ
 そちらの方が両親も喜ばれるでしょう」

しきたりよりも本人が望むかどうか?

これで気になっていたことも一挙解決

翌日の午前中に火葬
もう骨がほとんど残ってない状態に驚きながらも

私がデイパックに母の骨壺を入れ、妹と2人で歩き
途中に母が好きだった園芸公園の桜を眺めながら

「お母さん 
 あなたの大好きだった桜も今がちょうど満開できれいです」

そうして家に着きました

私的には「これで終わった」
そんな気分だったのですが

写真や飾りつけが終わり
「ほっ」としていると

妹が一言

「49日までに遺品を片付けてしまわないといけないらしいよ」

「えっ、、、」

私なんて1度も人が死ぬことに立ち会ったことないし
すべては初めてのこと

それからが大変

衣類だけでもゴミ袋50袋ぐらいはありそうだし
着物まで捨てると100袋にはなるのではないか?と

ちょうど明日の日曜日が燃えないゴミの日
この際だから陶磁器も片付けてしまおう

しかし捨ててしまうのは悩むのですよね

すべて母が買ったもの
使うことないものでも盆前と正月前にはすべて洗って干して

母は夢を見ていたのでしょう

まだその頃は家族主義が生きていて
何をするにも家に呼んでふるまう時代でしたし

客用の布団、枕、シ~ツ、座布団から
グラス、湯呑、酒器、お茶碗、お吸い物椀に大皿小皿、大鉢小鉢
フィリピンと違って日本料理は品数が多いですからそのぶん器も多いし
そしてそれの かける6 かける12もありますし

将来 私が結婚して相手の両親が来られても大丈夫なように
妹の結納でも結婚した後でも恥ずかしくないように

良いものを少しづつ買い揃えていったのでしょう

そして私と妹がなかなか結婚しないものですがら
少しづつでも長年の月日になると、、、それは膨大な量になり

しかし必ずその日がやってくる
そのときのためにと、、、夢を見ていたのでしょう

私は49まで独身、そしてフィリピン人と結婚
妹はいまだに独身

報われませんでしたけど

しかし陶器を小さめの箱に入れていくと自然と涙が出てくるのですよね

忌引きの3日その次の日が公休日
月曜日から仕事をしだしても家に帰ってからは遺品片付け

健太郎はパパっ子ですから毎日朝昼晩スカイプで「papa」と呼び掛けてきてますが

「I´m sorry  I´m sleepy」 こればっかり

カミさんは「ごめんね」

いや~日本人じゃなくフィリピン人と結婚して
おまえさんがフィリピンに住むことを望んだのは私だから

そんな調子ですから仕事もおろそかになり
月末が近づいても売り上げが上がらず
おまけに駐車違反で捕まるは、、、

初めての足切りになるか?

なんとか30日でそれはクリア~しましたが、、、


それでも片付けはなかなか進まず
業を煮やして妹に電話

「こんなことでは終わらない
 姉さんに着物を引き出しごと全部持っていき
 自分の家で整理して傷んでないものは残し
 要らないもの傷んでいるもの処分してくれ」

金曜日に家に来て着物専用の桐箪笥とともに自分の家に持って帰ったようです

これで49日、今月の24日までにはなんとか片付きそう

しかし24日は三隣亡
お葬式の予定日は仏滅だったし

仏教徒としては

「トコトンあんたってついてないね」

そう言いたいところですが
桜の最盛期に死ぬことができたし
毎年桜の時期には思い出してもらえますから
差し引きプラスだはないかと、、、

その日は私は公休日だし、妹も休みを取ったそうで
家族だけだしお坊さんも呼ばないからだからいいんじゃい

これでフィリピンでは

「ブディスト」なんて言ってますが
ほんとうに仏教徒といってよいのか?

まあ私のことですから、、、

今日はとりあえず片付くメドがついたし

ご報告がてらに書いてみました

こうやっていくうちに母との距離が自然と開いていき
母が亡くなったことも素直に受け取れるようになり
母が思い出の人となっていくのでしょう

きっとそれでいいのですよね

そして、、、

やっぱり家族といつも一緒にいたいですね

良いときも良くないときも、、、

それを実感したひと月あまりでした





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「これでいいのか!?」 「これでいいんじゃない」


3月27日 月曜日

いつまでも寒い日が続きます

昨日、父のケアホ~ムの帰りに桜並木を歩いてきましたが
まだしっかりと芽のまま、、、冬の装いでした

しかし昨日は3月26日
例年だともう3分~7分咲きぐらいのハズ

遅れているとはいえ
いくらなんでも蕾ぐらいになっているとばかり思っていたら

真冬のまま

「なんじゃこれ~~」

そんなこと思ってましたが、考えてみると、、、
私が子どもの頃
桜って4月の花でしたよね

4月のアタマから咲きはじめ中旬ぐらいには終わる

ちょうど入学式ぐらいがピ~ク

そんなパタ~ンだった気がします

温暖化か何か知りませんが
入学式の頃には散ってしまっている
この頃の方が異常だったのかも?

多分これが正解なんだろう、、、などと、、、

しかし、、、年を取ると

早く暖かくなって欲しいですね



私がタクシ~に乗り始めたころ

待ち時間の間中
よくまあ~~皆さんあの狭苦しい車内にじっとしているな

ずらりと並んだ車の列を見て、それが信じられなかったし
私なんてじっとしているのが苦痛で外に出たがりましたが
そんな私でも今では車内にじっと座っています

車内が暖かいし涼しいし
1番快適なスペ~スになって
外に出るのが億劫にさえ感じてしまうようになりました

人間ってすぐ順応するし
すぐ怠惰になっていくもんなんですね

この調子だと

寝たきりにでも、、、すぐになってしまいそうな予感が、、、
若者になるよりこちらの方がはるかに近い年になってしまいましたし

「これでいいのか!?」

「これでいいんじゃない」


このあいだ、、、
定年まで事務の仕事をしていた人が言ってましたが

事故さえ起こさなければこれほどラクで
ソコソコの給料もらえる仕事は他にないでしょう
特に60代とかになって

30代、40代、50代の初めまでは子どもにお金がかかるし
この仕事では無理かもしれませんが
60代になると子育てはもう終わって生活費もそうかかりませんし

60代になると病気の一つぐらい誰でも持っていますし
若い時だと馬力で乗り切ってこれましたが
この年代になると調子が悪い時もあるものです

この仕事だったら病院にでもすぐ行けるし
遅く出てきても、早く帰っても、休むのも、自分で自由に決められる

それでいて月を通してソコソコ働けば
生活費+αぐらいの収入が得られる

私はこれ以上の仕事はないと思っています
天下りや特殊技能を持っている方、自分で事業されてある方たち以外でですが

ただ一つの欠点は
人になめられることですが

私が定年までいた会社とそこで事務をしていたこと
年よりなりの自由がきいて、今の年収を言えば
皆さんこの仕事を見直されますし納得されますよ

それなりの会社に勤めておられたのでしょうね

まあ私の場合、息子は11歳

子育てはまだまだ続きますし
その前に私の方がお陀仏になりそう

私が生きていようと死んでしまっても
約2名は生きている以上お金は必要だし

「これでいいのか!?」

「これでいいんじゃない」

人間ってすぐラクな方へ流されていきますが

私も男である以上
自分への問いかけはしています


以前働いていたブラック企業のときは
口座がすぐに1000万円を超えて株を買ったりしても
また超えてしまいまた何かに移す
これを繰り前していましたが

今の給料振り込みの口座の残高はあまり増えず
微々たるもの


「これでいいのか!?」

若いころはショ~トホ~プ

「太く、短く」



今では

「これでいいんじゃない」

「細くて十分」

何も文句は言いません

その分「少しでも長く」 お願いします

これもいいかな、、、と


「これでいいのか!?」

私の性格ですから「ガ~~!!」と行きたい気分と

「これでいいんじゃない」

年よりなりの諦めというか
物事が分かってきたというか
ただムリが効かず怠惰になってきただけというか



この間、結婚式に出席される家族の家に2台口で行ったとき
もう1台のおじいちゃんと話をしていました

「私は年寄りですから」

「いえいえウチにも75歳で現役ドライバ~の人がいらっしゃいますよ」

「うちの那珂川営業所には75歳以上が4~5人いますよ
 まあ私は最高齢で79歳になりましたが、、、」

「え~~ そうだったんですか」

世の中、、、上には上がいますね

うちの最高齢でビックリしているどころではなかったです


ガ~~といって見栄を張るか
長く続ければカメと一緒で生涯収入が増えるのか

どちらが正解なのかわかりませんが

軸足が細く長くの方に傾いてきている気がする
今日この頃で

シミジミと

人間って変わるものなんだな、、、と感心している私がいます






ピノイの血とKUMON


2月17日 金曜日

数日前まで雪が舞って寒かったのですが
そんな中でも梅の花はほころび3分咲き

冬枯れの中に少しだけでも紅が見えると
なにか嬉しくなりますね

ただ、、、この3日は暖かく
一昨日、昨日なんて車の中でエアコン入れるくらい暖かいというより暑くなり
梅の花も7~8分咲きに

季節は巡っていきます

お正月ぐらいには5時半には真っ暗だったのに
今では6時でも夕日が見れるし

まだまだ寒波はやってくるのですが
しばしの休憩、、というか一服タイムなのかも

三寒四温とはよくいったものです

さて、、、

2月5日に日本に戻り6日から仕事していますが
私としては早く稼げる夜勤をしなくちゃいけない身の上なのですが
ズルズルと昨日まで日勤をやってました

日勤の方が本来の人間の生活ですし
それをやるに越したことはないのですが
お金にならないのです

売り上げが達成できなければ「足きり」という給料の歩合が下がり
ボ~ナス査定も響いてくる

完全歩合給なのにここまでするか?

そう思いますが、、、

昔にはなかった制度らしいし
それだけ世の中も会社も厳しく苦しいのでしょうね

私なんて2重生活ですし
日勤が人間本来の姿とは言っても
そんな足きりなんてやっておれる状態ではないですが

カミさんもそうですが息子のケンケンが望むのです

今回の渡比は
知人に会ったり買い物したり
それ以外はケンケンの勉強の付き合いで終わったようなものでした

息子には火曜日と木曜日にKUMONに行かせているのですが
私が到着したのが日曜日の夜中
疲れてもいたので月曜日はゆっくり寝ていてあとは両替と買い物して夕方には知人宅へ

火曜日も朝は起きれずモタモタしていて午後からKUMONに連れていき
私とカミさんで買い物

その翌日の水曜日にカミさんが気が付いたのですが
KUMONは1日ブックレット1冊
木曜日に行ったので金土日月の4冊を終わらせて火曜日に行くのですが
息子が持って行ったのは1冊のみ
あとの3冊は終わらせていなかったのです
持って行った1冊だけ答え合わせをして水曜日の分の新しい1冊持って帰ってきてました

「なんじゃ~こりゃ~~?」

日本人なら何が何でもやるし、やり遂げなければ、、、

しかし、、、ピノイの血だと
「できるところまでやるし、やったから私はベストを尽くした」なのか、、、?

息子のKUMONはちょうど方程式に入ったところで
まだ一次方程式ですが分数や少数なども混ぜてあり、ちょっと複雑です

だいたい息子はミスが多く
注意力不足というか?注意散漫というか?

まあだいたいピノイの足し算・引き算でも、繰り上がり繰り下がりのミスが多いですよね
息子はそこらへんは出来るのですが、やはりピノイの血なのか?
ケアレスミスを群発させます

そしてKUMONの問題集は日本人が作ったものですから
うっかりしていると間違いやすいように作ってあります

ついついやってしまいそうなところを注意して、間違えない
ここに日本人の良さがあるのでしょうが

ピノイの血にはそこがやや重荷なのか?

単純にプラスとマイナスを間違えると答えは全く変わってきますし

そこで検算をさせて、、、

ただまだ慣れてない方程式のブックレットだとペ~ジ数8ペ~ジだったか?
これだけでも3時間ぐらいかかっていますし
それに検算するとプラス1時間以上
そして答えが合わないともう一度やり直し
これだと寝る暇はないですね

まだ小学校5年生ですからそこまでは出来ずとも
毎晩11時ぐらいまでやっていました

これは挫折するかもしれない

しかし、、、

ピノイは9時に寝る
日本人、韓国人、台湾人、中国人、香港人、シンガポ~ル人は
今のお前さんのようなことを毎日やっている

フィリピ~ナが小学校ハイスク~ルの先生やっていたといっても海外に出れば
ただのハウスキ~パ~

それは何でだ?
何でそんな差がついてしまうのだ

それは勉強時間の差であるし蓄積の差だ

わからないと放っておくか
わかるまでやりマスタ~してしまうか

それをひとつひとつ繰り返していく
その繰り返しの差だ

私はもうムリかな?と諦めやすいところもあるかわり
何でも自分の都合の良い方向に考えるくせがあり

もうすぐ息子も夏休み
夏休みの間に必死に繰り返してやれば出来るようになるかもしれない

そしてちょっとした注意不足が間違えを生み
その修正に大変な時間と労力がかかる

そのことを身に染みてわかるようになれば
かえって好結果となるかもしれないし

自分でやり、自分で答えが正解か不正解か判別し
間違えていたときは自分で修正をし、また自分で判別する

これで自分自身でやっていくことを覚えると
甘えもなくなっていくかもしれない

こうなればよいのですが

ロ~カルピノイの血はなかなか強力ですし


そんなことで家に帰ってきてから10日ばかり息子とスカイプしていました

最近は息子も少し慣れてきたのか
時間も短くなり、負担も軽くなって来たようです

まだまだピノイの血はカンタンには変わりませんが

ピノイの世界にドップリと浸かりながらも
KUMONという日本の世界に関わったことで
少しでも日本人の部分が分かってくるようになり
身についてくるようになれば

私が離れて仕事をやっていても
良かったな、、、と思えるのですが、、、

もちろん1番良いのは
一緒に暮らして身をもって教えるのが1番なんですけどね

今日は算数でしたが
KUMONでは英語の読解もやらせていますが
英語の方も

さすがに日本人が作ったものですから
なかなかよく出来ています

それについては、また書きます








渡比してきました


2月12日 日曜日

今年一番の寒波もアッサリと福岡を通り過ぎて
今日は日が差せばポカポカの1日でした

このまま書いていくと前書きだけが長くなりますので、、、

実は、、、、

1月29日から2月5日まで私こと徳衛門は
タクシ~の運ちゃんにあるまじき行為ですが
8日間の休暇を取ってフィリピンに行ってきました

ただ今回セブパシを初めて使ったので
家に到着したのは深夜12時を過ぎて30日になっていましたが、、、

しかしセブパシ、、、けっこうお客さんを集めていますね
私としてはメシなし、ビ~ル・ワインなし、荷物の重量にとにかく厳しくてそれも有料
それも昔みたいに運賃が1000円ポッキリ、、、なら納得しますが
今ではフィリピン航空と大差なし

なんでこちらをチョイスするのか?理解できませんでしたけど、、、

ただ乗客は若い人が多く
PRでよく見るフィリピ~ナがらみのおじちゃん・おじいちゃんは
私を入れてもほんの数名、、、のみ

ここらへんに選択する基準の差が出ているのかもしれません

しかし私は断言します

次回からは必ずフィリピン航空で行くぞ
例え夜勤明けで寝過ごす危険性はあっても
ゼッタイにPRに乗る!何がにがなんでも乗ってみせる!と

さて、、、ラスピニャスのホ~ムタウンでは
疲れていたのでしょうね、、、よく寝ました

それと会いたかった男性の方、女性の方とも会えて
お話しすることができたし

お二人ともすごい方々ですよ
お二人は全く別々で、まったく関係のない方たちなんですが

お二人とも一度壊滅状態を経験されても
這い上がってきて家族を守り、自分も守り
それを続けられている

とっとと日本に舞い戻り
自分の本拠地である福岡でタクシ~の運ちゃんをやって
なんとかしのいでる私とは

格も何も、、、違い過ぎて、、、

しかし一緒にいて話をさせてもらえば
嬉しいし、楽しいし
すぐ甘えが出てしまう私にとって刺激になるし

カミさんも最近はヘコタレ気味
私が一緒にいてくれたら

それを控えめですが言葉のハシ、態度のカケラにさりげなく、、、

私は
 今の自分の仕事はハッキリ言ってキライだ
 この年になって仕事で1日中運転するのもシンドイし
 もし大きな事故を起こせばおまえさんとケンケンの生活も一瞬にしてパ~~
 ご破算さんになってしまう
 これを考えながら1日1日を切り抜けていくのはハッキリ言ってキツイ

 しかしミスタ~TやミセスHみたいにここで仕事をして
 家族を養っていくだけの才能も能力もない
 あの人たちはすごいぞ
 例えばおまえさんが日本でもアメリカでも台湾・マレ~シア・インドネシアでも
 自分が外国で働いて、その国でオレとケンケンとの暮らしを成り立たせることができるか?
 それを考えたら彼らがいかにすごいかわかるだろう

 だから私は仕方なく日本でやるしかないし、やっていくしかない

 ほとんどのピノイも一緒だろう
 本当は家族と一緒に居たいし
 家族のいる国から遠く離れて自分の好きな仕事でもないことを毎日するのはツライだろう

 しかし、、、やっていくしかない
 それは誰しも同じだと思う

まあカミさんのことですから
わかったような、、、わかってないような、、、

まあそれは仕方ないんですよね

知識もないし経験もないし
本も読んでいないから仮想体験もないし

最終日、日本に帰るために第3タ~ミナルに行ったとき
バクラ~ランで規制が変わったのか?ジプニ~が入れず
ロハス沿いに待っていても来ないとき

「ストップならん
 Ⅼive in Las Pinas with us」

おまえさん、、、それを言うなよな
もしそれが出来るなら最初っから帰るなんて言わないから

まあ子どもと一緒

まあ考えてみたらカミさんが長女、ケンタロウが孫みたいなものですから
そんなものかもしれないですね

そして、、、それを言われるうちがハナなのかも、、、

それ以外では今回もいつものように
いつもと同じような生活でしたが

やはり行ってよかったです
私にとってかけがえのない家族との生活
これをわずかな日数でしたが味わうことができましたし

これで彼岸までの2月3月の厳しい寒さの日も
梅雨の鬱陶しい雨の日も
8月の目眩がしそうな夏の日も

これでやっていけるし、乗り越えていけるでしょう

そしてまた、、、9月にはフィリピンに行こう

私なりの家族に会いに行こう
いまいち、、、デキが良い方ではないですが、、、

そして、、、私なりの暮らしを数日だけでも味わおう

それまで、またがんばってみます

そして、、、最後になりましたが

そんな私の我がままを許してくれた職場の皆さんに

感謝、、、ですし

とてもとても、、、感謝、、、しております




年末に、、、目を開かされたこと
1月15日 日曜日

昨夜は雪が舞って
どうなることか?と心配しましたが
夜勤ですから昼頃起きると快晴

洗濯してベランダに干して
買い物に行ってきました

福岡って1月だろうと2月だろうと
晴れれば寒くないですし

南国よりは厳しいですが
日本の中ではまだまだ甘いほうですね


また前置きが長くなってしまいました

大晦日の日、妹が我が家にやってきたのです

12月の初旬、父のところに行った際
私 「よしこは来たね?」

父「いやぜんぜん よしこはいったいどうしとっちゃろうか」

それで妹に「たまには父に顔を見せてやれ」とSMSを送っていると

31日に行きます
父を家に連れて帰るのは難しいかもしれませんが
一緒に自宅でご飯食べませんか?と

そうか~~
私も疲れているし思い切って31日は休みにしよう

30日は早めに切り上げて帰って来たものの
31日は朝から洗濯、掃除、片付け

これがなかなか終わらず

「これは休みにならんバイ」

4時には父のところで落ち合う予定が遅れて5時

父に洋服をプレゼントしカップケ~キを食べさせて
6時の夕食時に退散

家に帰り
久しぶりに2人で酒を飲み話し始めました

そのとき妹がゴソゴソと取り出したものが

「山うにとうふ」

以前、人に聞いたか?読んだことはあったのですけど

なに、、、??
五木の子守歌で有名な山奥で作られたものだが
豆腐のみそ漬けで、うにの味がするってか?

「そんなもの食わんバイ」

今、妹は年金ダイヤルで働いているのです
そのなかに「社長」と呼ばれる長年雇われ社長をやっていた人がいて
すべて引退したものの
やることがないと退屈で退屈で、、、とアルバイト中

その人に
「今度兄と日本酒飲むのですがつまみに何を持っていったらいいですか?」

「蒸アワビの肝醤油和えがいいだろう」

「、、、?、、、」

「まずアワビを買ってきて殻から外して」

「それはチョット、、、ス~パ~で売っているようなものないですか?」

「それだったら豆腐のみそ漬けがいい、デパ~トの食品売り場に売っているし」

「高くないですか?」

「ぜんぜん、、、豆腐だから」

「だったらそれにします」

「あと新潟加島屋の小茄子の辛子漬もいいぞ」

お金のない妹のこと
まあそれは次回にして、、、


そんなことで持ってきたのがこれ


101.jpg



にいちゃん、、、
おみやげに松浦漬と思ったんだけどけっこう高いしね
かなりの食通の人のおすすめだし、安いし、、、
これ食べてみて

一口食べてみると
これは、、、清酒に合う!

本能というか?ただの酒飲みのカンというか?

「ピン!」ときて
吟醸酒をグビリと

「これはサイコ~だね」

別パタ~ンで慌てて酒に燗をして

またひとくちグビリと、、、

ハッキリ言って、、、私の世界が変わりましたね

私の世界では日本人は鯛が好き
この鯛をいかにおいしく食べようか

もちろん刺身、塩焼き、煮つけ、あといろいろ技はありますが
その鯛の素材のみを味わう

刺身

何もないからこそ
その味を極限まで引き出すうまい酒がいる

鯛を食するために酒があるし
酒を飲むために鯛がいる

これが原点ではないか?

そして、その相乗効果でここまで磨き上げてきたのではないか?

そう信じ込んできました

しかし世の中にはすごい人がいるものです

長年信じ込んできたものがたった一口でノックアウト

それをはるかに超えるものがあるんですよね

本当に参りました

平家の落人の里ですが
昔の高貴な人たちってすごい舌、素晴らしい味覚をもっていたのでしょう

この山奥の極貧の土地でも
良いものは良い、悪いものは悪い
これを識別できる感覚を持ち続けられた

平家が落ち延びてきて800年ぐらいたっているのですけど、、、

そしてそれを情報として見聞きしていながら
先入観で排除していた私

いけませんね

まあしかし、、、

新年明ける前に教えられた

目を開かせてもらったと

ありがたい気持ちと
感謝で

今年を過ごすことにしましょう