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徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
おんテレ、めんピン


8月27日 月曜日

今日から小学校は2学期がスタ~トするらしいですが
この暑さ、、、

沖縄よりフィリピンより暑い日に学校まで歩くって
けっこう大変でしょうね


さてさて、、、


何故私がユダヤ人渡来説に
「もしかして、、、そうなのかも、、、?」

なんて思ったのは単純な一言

春だったか?初夏になっていたのか?
高校の同窓会の会報が送られてきて
武田鉄矢さんが書かれていた記事の中に
「おんテレ、めんピン」という言葉があったのです

そういえば1年生のとき男の先生がその言葉を使っていたな

47年間忘れていたのですが

男は「テレ~」として、女は「ピンピン」している
「ダメだな、、、おまえたち、、、」

そんなニュアンスなのでしょうが

そのときは意味が呑み込めなかったのですが
この10数年フィリピンに関わってきた私

今、「ピン!」ときました

筑紫の人たちも元はフィリピンや東南アジアの人たちと同じく母系社会の人たち

その名残じゃないかなと、、、

母系社会って便利は良いのですよね

「この子は本当に俺の子か?」なんて考えなくていいですし

母から生まれた子はだれが種を付けても総て家族

男は所詮タネ馬に過ぎませんし

形式上夫婦になって
もし子どもたちの父親は全部違う男であっても
それでも皆、私の子
それを是認しなくてはすぐさまファミリ~から叩き出されてしまう

司馬遼太郎の「菜の花の沖」だったか
淡路島?のことでそんなことを書かれていましたね

九州や四国、もしかすると中国や紀伊半島
もっと北でもそうだったのかもしれません

ただ、便利な母系社会もただひとつ欠点があって
侵略に弱い、、、

ひごろ「テレ~」としている男たちが、いざ戦になったとしても
突然目覚めるハズもなく、、、

一挙に終了してしまう

ただ一つの例外が薩摩

島津家は渡来人らしいのですがそこに住む人たちはやっぱり根っからの母系社会人

島津家は「こんなこっちゃいかん」と独特の子弟教育法を編み出していきます
敵は必ず北から攻めてきますし南は海
逃げるところがないのですから勝つか?引き分けにするしかない
男を強くするしか方法がないのでしょう

それで戦国から関ヶ原、江戸時代と生き残っていき
やがては倒幕までしてしまいますが

所詮は僻地の人たち

限られた地域で細々と暮らしていく分には良いのですが
日本国全部を考えるとなると

なかなか難しい

それで潰されてしまうのですが

熊本が本拠地の日本陸軍第6師団
紋章が菊なんですよね

明治政府の意気込みが伝わってきます

西南戦争で潰したとはいえ敵は薩摩
ここを抑えておかないと江戸幕府をひっくり返した長州が
今度は我が身

元々「おんテレ、めんピン」の男たちを敵の最前線だと鍛え上げて
天皇家のご紋章に恥じない戦いをやれと

元々熊本城は薩摩を抑えるために築城の名手加藤清正に作らせたものらしいですし
それで熊本を九州の首都にして殖産振興策をとります

何のことはない後の満州国と同じことをやっているのですよね

しかし机の上のペ~パ~プランと莫大なお金、それとやる気だけでは
なかなか難しいこともあるのでしょう


話がえらいところまで飛んでいきました


もしユダヤ人が渡来してきたとして
日本を征服するのはカンタンだったでしょうね

しかしそこに住む人たちを本当に服従させるのは、なかなか難しい

天皇も最初は「王」だったのかもしれませんが

逆に分断され無力化していき
やがては王冠みたいに「君臨すれど統治せず」

存在は認めるが覇権を望むべからず

明治、大正、昭和とまた祭り上げられ「現人神」となりますが
たった一度の敗戦で「君臨すれど統治せず」に逆戻り

これを見ても天皇というものは「王」ではないみたいです

昭和天皇も「昔から天皇というものはそういうものだ」
そんな考えだったらしいですし

そこで思い出したのが「卑弥呼」

邪馬台国は九州説、畿内説、中国説いろいろありますが
私は九州か中国かはわかりませんが近畿ではないだろうと思っています

なぜなら大和朝廷から征服された一族ですし
彼女は王ではなく長だった
母系社会だと1番上にいる長もごく当然、、、女でしょうし

大和朝廷はユダヤ人だとしたら男系社会
「長」では収まりがつかないことも出てきます

だいたいあの人たちのベ~スは、、、神は一つで絶対ですし

ただ神は見えませんし

その代わりを務める
やはり「王」という名の絶対権力者が必要になってきます

私の勝手な憶測ですが
母系社会の人たちにとって「王」というものは強すぎるのではないかと

絶対権力を持った最高権力者から一部始終管理されるのは真っ平ごめん

その結果が最初は「王」だった天皇も「長」に格下げ
出来ることは限られるかわり、、、永続できる

今の社会の会社組織にしても
似たような感じがするのです

絶対であり君臨する「王」は望まず
あくまで会社を代表する長(おさ)である社長

このくらいがちょうど居心地が良い

これってやっぱり母系社会の子孫
その名残なんじゃないかな

そう思ってしまうのです






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一神教とその場の空気


8月13日 月曜日

暑い日が続いています

「もう夏は終わりにしてくれ、、、」
そう思うこの頃ですが

今日はお盆の初日、、、

まだまだ夏は終わらない、、、ですね

さてさて、、、


ユダヤの話ですが

お祭りも神事なら神輿も神事
以前、生粋の博多の町、店屋町のごりょんさんだったおばあちゃんが
「山笠は神事ですから厳しいですよ!」キッパリ言っていました

確かに、一神教ですから厳しいでしょうね
それ以外に道はないのですから、、、

日本人の八百万の神さまのようにあちらもこちらも、、、
その時の、その場所の、皆さんの空気
その、、、気みたいなもので何事も決まっちゃうことはないでしょうし

考えてみたら、、、日本人ってすべてにおいて
「その場の空気」これで決まるのですよね
助けるときも、捨てるときも、、、

どう動くか?

特別に誰か?が熟慮したわけでもなく
その場の雰囲気で決まってしまうし
それで皆さん納得してつい進んでしまう

日本人の存亡のとき、先の大戦でもこれの大連発
まったく考えられないようなことが毎日のように起こっていく

現地の最高司令官が「指示するまで絶対に撃つな!」
そう厳命しても

一砲兵隊のその場の雰囲気で撃ってしまい
すべての計画がご破算

どれだけの日数と頭脳と人力とお金をかけても全くイミなさないことが
日常茶飯事に起こってしまう

レイテ沖海戦なんてそれの典型

昭和天皇の「なんとか一度叩けぬのか」

このツルの一声で始まった捷号作戦

海軍の総力をあげての大決戦
すべての艦船を失ってもお上の意向に向かって突き進ねば

そのためにも念には念を入れて北と南の2方面での囮作戦
壊滅されてもこれ一発にかけてのぞむも

本尊の栗田艦隊はレイテ湾に近づきアメリカ艦艇のマストが見えた時点でUタ~ン

小学生のとき従弟の家の戦争雑誌「丸」に
「あぁ 栗田艦隊、謎の反転!!」 表紙にそう書いてありましたが、、、

そのときは分かりませんでしたが
たぶんその時点の艦長室に集まっていた
栗田、草鹿、その他数名の幹部の空気でそうなったのでしょうね

それでマッカ~サ~は生き延び
やがて日本で天皇を超える人として君臨することになるのですが、、、

彼はよく「神のご加護に感謝する」と言っていたらしいですが
私とすれば、「日本人のその空気に感謝する」と言ってほしかったですね

アメリカとの物量の差で負けた

よくそう言いますが
それだけではないのですよね

絶対の官僚機構
共産主義の機構ともいってもいいですが

いわゆる一神教みたいなもので
トップが神の存在で絶対
その下に管理する人たちがいて
下の者は従うだけ
殺されるのも受け入れるだけ

こんなものはこの人たちには合わないのですよね

それでも勝ち戦のときはあまり目立ちませんが
負け戦になると途端に目立ってきて
上がいくらラッパ吹こうと収拾がつかない
戦争などというものではなくなってしまう

そもそもこの国の人たちって
戦争にはまったく向いていない人たちではないかと思うのです

戦争というものは犠牲がつきものですから
そのためには絶対の規律、上からの指示には絶対従う

これがないと出来ないものでしょうし
八百万神の民ではムリじゃないかなと、、、

ただ、戦争というものは始まりがあれば終わりもありますけど

戦前だけの話ではないですよね

戦後でも「これはマズイのではないか?」とその場の雰囲気がそうなれば
粉飾決算でもデ~タ改ざんでもなんでもやっちゃう

三菱自動車なんて会社をあげて反省したかに見えても
またやっちゃう、、、

仕方ないですよね
水田を切り開いて生きてきた日本人の末裔ですし
その時の空気には逆らえませんから

挙句の果ては先ほどの
日本の最高の頭脳、日本の中枢、最高の司令塔であるはずの人たちが
公文書の偽造までやっちゃう

白人、、、一神教の人たちには全く理解不能でしょうね
公文書が偽造されたら何を信じたらいいのか?
信じられるものがなくなってしまう

ただ、日本人だとすぐ理解できて
その時、その場の雰囲気でそう決まってしまったんだろう
仕方ないよね
あとはバレないように丁寧に作業するだけ

でもまあ、、、バレてしまうこともあるさ、、、と


最初はユダヤ人が残したものでも書こうと思っていましたが
いつのまにか脱線

いつものことですが、、、

もう今晩の為に寝る時間ですので

また今度、、、




教える人たち、教えない人たち


8月2日 木曜日

暑い日が続いています

年を取ると暑いのも寒いのもイヤですね

今日はすぐに本題に入ります

日ユ同祖論というものがあり、納得することも多く
確かにユダヤ人が日本に来て定住したこと自体は間違いないだろうと思います

大和朝廷を作った人たちで
その宗教、思想、技能などはその当時いた原日本人
どれが本当の原日本人なのかわかりませんが
その人たちを凌駕するものを持っていたと思います

大きな塊が突然現れ瞬く間に征服させられていき
日本は一気に塗り替えられ
血が入り混血も進んだのでしょうが
それを受け入れたくない人たちもいたと思います
一種の植民地みたいなものですから原住民にとっては、、、

私は最初に結婚したい人が同和地区出身者だったため
なぜこのようなことが日本にはあるのか?
それが頭に引っかかっていました

この仕事をして様々な人から話を聞き
ネットを読んだりしていて感じたことなのですが

古い神社の横か後方には必ず部落があるそうですね
それはそうで神主さんもユダヤ人なら
この人たちもユダヤ人

神社の建物から石組み、庭、調度品、衣類などすべて作る人たちがいるはずですし
毎日、掃除をするのも料理を作るのもこの人たちでしょう
在来の日本人とはマネができないほど圧倒的な技術の差があり
今と違って自足自給が基本でしょうから

しかし技術はやがて流失していくものですし
この大きな塊も一枚岩ではなく内部分裂を起こしていく

私が思うに最初に楔を打ったのは仏教を入れた人たちではなかったかと
もちろん天皇とそのシンパがやったことですが
その当時の天皇は子どもが30人ぐらいいたそうですね
男の子が半分として、3世代でも兄弟叔父さん入り乱れてぐちゃぐちゃですよね
そしてそれに背後から加担する勢力がいる

それまで神教ひとつだったのが仏教が入り
神仏混合になりやがては神教が廃れていくとともに
天皇の力も衰えていき、ただのお飾りになっていく

いわゆる塊を分断させて無力化していく
これを望み実行してきた人たちがいるのでしょう

最終的な形が江戸幕府

農本主義の政府ですよね

士農工商、、、エタ非人

よく考えてみるとなぜ農民が2番目に来るのか
この農民こそが在来種ではないのだろうかと

工は技術ですから広がったといえ元々ユダヤ人の流れ
商もそうじゃないかと
日本の昔からある商いは掛け率が異様に高いのですよね

部落の人の仕事だと言われている
医者、製薬業
薬なんて九層倍
衣料品でも江戸末期に三越が今のユニクロのように半値販売をやっても3.3倍
以前はいくらかけていたのか? おそろしいほどでしょうね
元々は魚屋もその人たちの仕事だったらしいですし

戦後の高度成長時代、中東を駆けづり回っていた商社員やメ~カ~の営業員
アラブ人からバカにされていたそうですね
そんなに安く売って毎日アタフタして楽しいか?と

元々日本の商人はこの系統じゃないかと

逆に中国人は日本のやり方に怒るそうです
中国では買い叩きまわって日本でのデパ~トの販売価格見ちゃうと

考えてみたら江戸幕府というものは
1000年ぐらい続いたユダヤからの植民地解放闘争の結果だったのかもしれません
そのワリを食ったのが部落に人たちじゃないかと
分断されて生贄のように最下層に落とされ

ただ福岡の場合、ユダヤ人ばかりではなかったのかもしれません
西の拠点が西新
そのすぐ南に祖原山
それから南の脊振までの地域が早良

このソハラもサワラもソウルのなまったものという説もありますし
都にしたいというのか?
住めば都という意味か?

これは朝鮮からの難民ではなかったかと
来たものを追い返すわけもいかず
農家として生きる権利は与える、しかし日本人と同等の権利は与えない

こっちじゃなかったのかと、、、

ただその中でも日本人離れした顔立ちの人もいますし
ユダヤ人の血は入っているのでしょうね



博多祇園山笠だけでなく
神社のお祭りで神輿を担いでいる人たち
今では入れ墨した人を見かけなくなりましたが
元々はその人たちですよね

芸人でも水商売でもその人たち、そして座という商人も興業主も
それを取り仕切るヤクザもその人たち


題名の「教える人たち、教えない人たち」

ふと考えたら日本には大きく分けて二つの流れをくむ人たちがいるのではないかと

農業を主とする人たち
結婚し子どもが生まれやがて孫が生まれてくる
必然的に人口は増加しますし
米の増産のために新しいタンボを作らなくちゃいけない
それも収穫が終わって次の田植え時期までに

新田なんて傾斜のついた土地を水平にして水を引いてこなくちゃいけない
こんなこと教えなくちゃできないし
子供でも誰にでも教えて早急に完成させなくちゃ来年は米が足りない

そしてこれは共同作業ですから他人であろうと必然的に仲間となるし
人がよくないとうまくいかない

ウチのかみさんもレイテの水田地帯出身のせいか
妙に人がいいところがあります


もう一つは職人さんの世界
誰も教えないから「見て盗め」これを当然のこととする人たち

大工、左官、庭師、板前でも芸でも
ありとあらゆる技術系、特技系の人たち

この人たちは教えてしまうと自分の食い扶持がなくなるので必然的に寡黙になる
閉鎖的になる

商人も仲間に入ると良くしてくれるらしいですが
誰でも教えるってことはないでしょうし

考えてみると

明治になり天皇中心に戻って律令制というか社会主義の国になり
それがまた解体

しかし日本人はそれなりに仲良くやっている

日本って本当に不思議な国なんだな
そう感じてしまいます






またもカンチガイで40年


6月28日 木曜日

あと2日で6月も終わり
今年も半分が終わってしまいます

もう夏至も過ぎてしまったし

3日前から風が強く、東北では大雨とか
まさか、、、このまま梅雨が明けてしまうってことはないよね

あのギラギラした夏の太陽の下で
2ヶ月以上も生活する体力が自分に残っているかどうか

フィリピンのレイテ島にいた私がこんなこと書くのもヘンですが、、、

9月中旬に今までのように連休を取って渡比するつもりですが
今回はいっそのこと1ヶ月丸々休みにしてしまおうか?
なんて、、、フラチなことを考えています

1週間ぐらいでは休みが休みにならないし
疲れはゼンゼン取れないし

2週間ぐらい寝て起きたらビ~ル飲んでまた寝て
疲れが完全に抜けてから家庭サ~ビスでもしようかな

給料とボ~ナスを捨てさえすれば出来るんですよね

あとは捨てる勇気だけの問題

断捨離の世界ですね

私は気が小さいしセコイ人間ですので
帰ってきてから「ボ~ナスだけは救おう」なんて頑張っちゃうかもしれませんが、、、

それはそれでいいのかも

そのときその気になれば、すればいいことだし
その気にならず捨ててしまうのもまた結構

あまり難しいことは考えず
成り行きに任せて流れていくのもいいのかも

50代と60代って人間、変わるものかもしれませんね
全員がそうなるとは思いませんが
ある程度、、、傾向としてあるのかもしれない

それで還暦とかリタイアエイジとか
節目というものを作っているのかも

そんなこと思ったりする自分がいます

話は変わりまして

最近ネットもあまり読まなくて少し前に知ったのですが
森田童子さんが亡くなったとか
65歳、、、

またひとつ昭和が消えていきました

昭和も遠くなりにけり

平成も30年たったのだから仕方ないですし
皆さん年取って、、、

老化というか、、、劣化というか、、、

私自身もそうですし

やがて消えていく、、、

50代の頃はそんなこと考えたこともなかったのですが
自然と受け入れ準備なのか

違和感を感じずそんなこと思ったりします

youtubeで昔の歌を聴いてサ~カスにたどり着きました

Mr サマ~タイム

たしか23歳の夏
暑い車のなか、よくラジオからイントロが流れてきて
「またこの歌か」
しかしあの声にいつのまにか聴き入っている自分がいて
今聞いてもやっぱり好きな声、好きな歌手です

聴いていて思い出した曲

「アム~ル」でも






サ~カスの人たち沖縄出身と思い込んでいたのですが
ほぼ40年ぶりに聴いてウキで見てみると
リ~ドボ~カルの叶正子さんは熊本県
弟さん2人は福岡県の出身

お父さんが毎日新聞の記者で転勤暮らし
それで出生地を出身地にしているそう

あれ~~どこで間違ったのかな
私の記憶ってアテにならないな

ハニ~レ~ヌさんのときもそうでしたし

ただ、この叶正子さん この名前も今度知ったのですが、、、

南方系の顔していますよね
フィリピンにもいますし

そのころはまったく考えもせず想像すらしなかったフィリピンでしたが
意外とピナイ顔を好きだったのかもしれませんね

こうしてみると、、、









近況報告です


5月29日 火曜日

いつまでも寒い寒いと言っていたら
昨日「梅雨入り宣言」が出たらしく

朝、梅と藤の剪定をしているとタバコが切れてしまい
近くのセブンイレブンに歩いていると
アジサイの花がもうすぐ開花

毎日、車の運転をして生活費を稼いでいたら
知らない間に季節が移り替わっていきますね

もうタクシ~に乗って3年が過ぎました

東京などの大きな都市ならまだまだでしょうが
福岡は街が小さいですから

「石の上にも三年」という言葉がありますが

私の場合は
「3年もすれば飽きちゃうね」らしく、、、

ダラ~~と寝て、起きてからもダラ~~と
仕事をしていてもダラダラ~~と流すだけ

緊張感がない
やる気が起こらない
意気込みが感じられない

そんな毎日です

仕事をしている間以外では
ただ眠いだけ

「何でこんなにだるいんだろう」
「何でこんなに眠いんだろう」

元主任の経歴の長い人に尋ねたことがあります

「3年ね、私も同じだった。
 慣れと疲れが出てくるころでやる気が起こらなくなってしまう
 そんな時は休まなくちゃ
 身体が嫌がっているのだから」

そうだな
そうかもしれないね

連休を取ってフィリピンに行っても忙しくて休みにならないし
昔のように静かな温泉でしばらく湯治
2週間もすれば体の底から力が湧いてくるのでしょうが

ひとり身ならともかく
今は家族がいるし
お金がないわけじゃないけど
なかなか踏ん切りがつかないところがあります

夏油温泉は遠いし
新湯温泉は新燃岳が活動中
地獄や垂玉温泉は熊本地震で橋が落ちちゃったし

そんなとき
西城秀樹が亡くなってニュ~スになりましたが
以前、彼が脳梗塞を起こす前は「異様に眠たかった」とか、、、

この言葉、、、響きましたね

もしかしたら、、、こっち、、、?

母方のばあちゃんと伯父さん
今の私と同じくらいのときに脳梗塞を起こして
どちらも67歳で亡くなっています

これはちょっとヤバイかな?

ちょっとどころか、、、かなり、、、大変に危ないかな?

脳のなかは見えないですしね

これは温泉でゆっくり、、、どころじゃないかも

脳梗塞を起こして身体が不自由になれば
仕事も出来ませんし
我が家の生活も足元から崩れていきます

考えてみたら「綱渡り」のような人生であり生活ですね

65歳までは耐え忍んで働く
その前の来年の年末までには株をたたき売って現金化しなくちゃいけないし
そして65歳から年金をもらいながらも働いてお金を貯めて
カミさんに家も買ってやらなくちゃ
頃合いを見て仕事を引退
後はフィリピンでのんびりとした生活を送る

今と変わらない生活なのですが
それも五体満足であっての話

そう考えるとムチャクチャ不安になってきますね

これはもっと働いた方がいいかな

綱から落ちる可能性があるなら
今の間もっと「銭」「銭」「銭」を追いかけておいた方がいいかな

お金なんて「あっ!」という間に無くなってしまうことを
13年間の無職生活で身に染みてわかりましたし

なかなか人生って思うようにならないものですね