FC2カウンター

プロフィール

徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

最新記事

最新コメント

CalendArchive

月別アーカイブ

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ

最新トラックバック

QRコード

QRコード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
またもカンチガイで40年


6月28日 木曜日

あと2日で6月も終わり
今年も半分が終わってしまいます

もう夏至も過ぎてしまったし

3日前から風が強く、東北では大雨とか
まさか、、、このまま梅雨が明けてしまうってことはないよね

あのギラギラした夏の太陽の下で
2ヶ月以上も生活する体力が自分に残っているかどうか

フィリピンのレイテ島にいた私がこんなこと書くのもヘンですが、、、

9月中旬に今までのように連休を取って渡比するつもりですが
今回はいっそのこと1ヶ月丸々休みにしてしまおうか?
なんて、、、フラチなことを考えています

1週間ぐらいでは休みが休みにならないし
疲れはゼンゼン取れないし

2週間ぐらい寝て起きたらビ~ル飲んでまた寝て
疲れが完全に抜けてから家庭サ~ビスでもしようかな

給料とボ~ナスを捨てさえすれば出来るんですよね

あとは捨てる勇気だけの問題

断捨離の世界ですね

私は気が小さいしセコイ人間ですので
帰ってきてから「ボ~ナスだけは救おう」なんて頑張っちゃうかもしれませんが、、、

それはそれでいいのかも

そのときその気になれば、すればいいことだし
その気にならず捨ててしまうのもまた結構

あまり難しいことは考えず
成り行きに任せて流れていくのもいいのかも

50代と60代って人間、変わるものかもしれませんね
全員がそうなるとは思いませんが
ある程度、、、傾向としてあるのかもしれない

それで還暦とかリタイアエイジとか
節目というものを作っているのかも

そんなこと思ったりする自分がいます

話は変わりまして

最近ネットもあまり読まなくて少し前に知ったのですが
森田童子さんが亡くなったとか
65歳、、、

またひとつ昭和が消えていきました

昭和も遠くなりにけり

平成も30年たったのだから仕方ないですし
皆さん年取って、、、

老化というか、、、劣化というか、、、

私自身もそうですし

やがて消えていく、、、

50代の頃はそんなこと考えたこともなかったのですが
自然と受け入れ準備なのか

違和感を感じずそんなこと思ったりします

youtubeで昔の歌を聴いてサ~カスにたどり着きました

Mr サマ~タイム

たしか23歳の夏
暑い車のなか、よくラジオからイントロが流れてきて
「またこの歌か」
しかしあの声にいつのまにか聴き入っている自分がいて
今聞いてもやっぱり好きな声、好きな歌手です

聴いていて思い出した曲

「アム~ル」でも






サ~カスの人たち沖縄出身と思い込んでいたのですが
ほぼ40年ぶりに聴いてウキで見てみると
リ~ドボ~カルの叶正子さんは熊本県
弟さん2人は福岡県の出身

お父さんが毎日新聞の記者で転勤暮らし
それで出生地を出身地にしているそう

あれ~~どこで間違ったのかな
私の記憶ってアテにならないな

ハニ~レ~ヌさんのときもそうでしたし

ただ、この叶正子さん この名前も今度知ったのですが、、、

南方系の顔していますよね
フィリピンにもいますし

そのころはまったく考えもせず想像すらしなかったフィリピンでしたが
意外とピナイ顔を好きだったのかもしれませんね

こうしてみると、、、









スポンサーサイト
近況報告です


5月29日 火曜日

いつまでも寒い寒いと言っていたら
昨日「梅雨入り宣言」が出たらしく

朝、梅と藤の剪定をしているとタバコが切れてしまい
近くのセブンイレブンに歩いていると
アジサイの花がもうすぐ開花

毎日、車の運転をして生活費を稼いでいたら
知らない間に季節が移り替わっていきますね

もうタクシ~に乗って3年が過ぎました

東京などの大きな都市ならまだまだでしょうが
福岡は街が小さいですから

「石の上にも三年」という言葉がありますが

私の場合は
「3年もすれば飽きちゃうね」らしく、、、

ダラ~~と寝て、起きてからもダラ~~と
仕事をしていてもダラダラ~~と流すだけ

緊張感がない
やる気が起こらない
意気込みが感じられない

そんな毎日です

仕事をしている間以外では
ただ眠いだけ

「何でこんなにだるいんだろう」
「何でこんなに眠いんだろう」

元主任の経歴の長い人に尋ねたことがあります

「3年ね、私も同じだった。
 慣れと疲れが出てくるころでやる気が起こらなくなってしまう
 そんな時は休まなくちゃ
 身体が嫌がっているのだから」

そうだな
そうかもしれないね

連休を取ってフィリピンに行っても忙しくて休みにならないし
昔のように静かな温泉でしばらく湯治
2週間もすれば体の底から力が湧いてくるのでしょうが

ひとり身ならともかく
今は家族がいるし
お金がないわけじゃないけど
なかなか踏ん切りがつかないところがあります

夏油温泉は遠いし
新湯温泉は新燃岳が活動中
地獄や垂玉温泉は熊本地震で橋が落ちちゃったし

そんなとき
西城秀樹が亡くなってニュ~スになりましたが
以前、彼が脳梗塞を起こす前は「異様に眠たかった」とか、、、

この言葉、、、響きましたね

もしかしたら、、、こっち、、、?

母方のばあちゃんと伯父さん
今の私と同じくらいのときに脳梗塞を起こして
どちらも67歳で亡くなっています

これはちょっとヤバイかな?

ちょっとどころか、、、かなり、、、大変に危ないかな?

脳のなかは見えないですしね

これは温泉でゆっくり、、、どころじゃないかも

脳梗塞を起こして身体が不自由になれば
仕事も出来ませんし
我が家の生活も足元から崩れていきます

考えてみたら「綱渡り」のような人生であり生活ですね

65歳までは耐え忍んで働く
その前の来年の年末までには株をたたき売って現金化しなくちゃいけないし
そして65歳から年金をもらいながらも働いてお金を貯めて
カミさんに家も買ってやらなくちゃ
頃合いを見て仕事を引退
後はフィリピンでのんびりとした生活を送る

今と変わらない生活なのですが
それも五体満足であっての話

そう考えるとムチャクチャ不安になってきますね

これはもっと働いた方がいいかな

綱から落ちる可能性があるなら
今の間もっと「銭」「銭」「銭」を追いかけておいた方がいいかな

お金なんて「あっ!」という間に無くなってしまうことを
13年間の無職生活で身に染みてわかりましたし

なかなか人生って思うようにならないものですね











消えた年金


4月10日 火曜日

暖かな福岡です

以前から書こうと思っていた年金

若いころは
「年金なんて貰えるわけないじゃん」

そう広言していた私

私の生涯、、、お金にはあまり縁がなかったのですが
若いころはやはり、、、今より豊かだったのでしょう

気持ちの上だけかもしれませんが、、、


しかし、、、、

いつのまにか年金の該当年齢に近づくと

「貰えるものは、ぜひ貰わないと」に変化していきます

私は昭和30年生まれ
昭和29年生まれの人は一部ながら年金が61歳から支給されますし

「それって不公平じゃない?」

そう思っていても
年代が下がるにつけ条件が悪くなるこのご時世

「あなたはまだマシですよ」

そう返されるのが見えてますので黙っていましたが、、、

昨年末には
「よ~し、、、来年からは少額ながら年金が入ってくるぞ」

期待値も高まります

年金の申請受付は該当年齢になる誕生日の前日から

私は12月30日が誕生日ですから前日は12月29日
公官庁はすべて正月休み

「カアちゃん 何でこんな日に俺を産んだんだ」

そう言いたいところですが
じっと耐えて、、、正月が明けるのを待っていました

年明けすぐは混みあうだろうな、、、との予想はあったのですが

とりあえず、、、

必要な物や要領がわかりませんので
年金ダイヤルに電話してみます

しかし何回かけても繋がらないのです

翌日、また翌日電話しても同じ

「繋がらない電話なんてイミないやん」

しかし、、、

申請が遅れたとしても貰えなくなるわけではないでしょうが
こちらは目の前にニンジンをブラ下げた馬のごとく前しか見えません

ただひたすら、、、電話
繋がらなくとも、、、また電話

親の仇のように電話しまくります

しかし繋がりません

妹が年金ダイヤルのオペレ~タ~やっているのを思い出し

「お~~い 必要な物を教えてくれ
 それと年金事務所に予約入れといてくれよ」

「それは出来ないシステムになっているのでムリ
 電話は月曜日だけ5時以降でもできるのでその時集中してかけてみたら
 それ以外ではまず繋がらないから」

言われたようにただひたすら電話をして
タイムリミットの6時30分ギリギリに電話がつながりました

必要な物、、、

65歳までは一部だけですが
最初の申請時に65歳からの加給年金など一切合切やってしまうそうで、、、

そしてこれがカミさんは外国人
それも親子ともども在比ですから多いのです

何とか揃えて1月中旬の夜勤明けに年金事務所に行ってきました

眠いので目をこすりながら
しかし、お金のため、、、耐えるしかない

今の時点で会社を辞めたとして試算していきます
65歳からは月額175000円

ほ~~10万円ぐらいと思っていたけれど
やっぱり加給年金って大きいんですよね

62歳からは月額 59302円  

係官が書いていきますので
前に座っている私の方からは反対になりますが

「ま~~そんなものだろう」

書類も揃わなかったカミさんの無所得証明書も
月末に現地に行って取り、帰国後郵送すればOKに

自転車に乗って帰るとき

「あ~~何とか終わったね。バタバタしたけど、、、」

これで少ないながら私も年金をもらえる
少しだけでも貯金ができるし
すこし生活にもゆとりが出るだろう

家に帰り、シャワ~をし
勝利のビ~ルを飲み干して

年金の書類に目を通していると

「あれ、、、何これ?」

今年からもらえる年金の欄には

4941円  停止コ~ド 501

思わず、、、「おれ、、、何か悪いことをしたか~?」

数日後、仕事を終わって車を拭きながら
隣の人とちょうど年金の話になったのでそのことを話すと

2台隣の人が私のところにやってきて

「どうもおかしいな?と聞いていたら
 徳さんは去年9月に事故にあい、
 たまたまそのときの所得が下がったから、少し年金が出るようになっているだけです
 年金事務所は常に所得を管理できるシステムを持っているのでしょうね
 それも今年の3~5月の収入で見直しされて6月からは0になります 
 月収28万円以上は全額カットですから徳さんが貰えるはずないでしょ
 私も60歳から65歳までは1円も貰ってないです」

なんじゃ そんなことだったんか?

年金ダイヤルに必死に電話した私の努力は、いったい何だったのか?

年金さんよ
短い付き合いだったね

寂しいし哀しいけど

「少しの貯金」と「少しばかりのゆとりある生活」と一緒に

「サヨナラ」しなくちゃね

バイバイ、、、



思わず歌詞が泣けてきます

替え歌で「年金時代」


















なごり雪


4月9日 月曜日

桜も散って今、藤の花が満開です
去年より少し季節の移り変わりが早いようですが
6日から突然の寒波
翌日には霙からとうとう雪までが降って

「なごり雪」にしてもちょっと遅いんじゃない?
もう4月7日なのに

数日前の初夏の陽気はどこに消えてしまったんだろう

そんなところで、、、

昨日、母の1周忌をしました

本当は6日なんですが
しがないタクシ~の運転手

「金曜日はちょっとマズイのよね」

それで日曜日に

1周忌といっても私と妹の2人だけ

花を飾って果物、お菓子、好きだったものをお供えして
それから父のところへ夕食を食べさせに行って

父は喜んでいましたね
2人揃っていくと嬉しさもまた違うようで

このところ足も弱り歩けなかったのですが
昨日は調子も良くなったらしく
少し前には声も出ていなかったのですが
最初は希声だったのが段々と言葉になってきて

「徳さん」

お~~1か月ぶりに私の名前を思い出したバイね

戻ってきて妹と少しお酒を飲んで話して

妹が帰っていくとき

「今日は本当に良い日だったね。来てよかった」

あまりたいしたことは出来ませんが
ささやかながら良い時間を持てた

それだけでも充分ですし
これも母が作ってくれたもの

母が亡くなって1年たちますが
まだまだ存在感たっぷり

この家は母の家
そこに住まわせてもらって生活していますし

私がフィリピンに行くまで
一緒に過ごしていきましょう



もうずっと曲を張り付けてなかったのですが
突然のなごり雪も舞っていましたし

替え歌ですが
若いころのようにセンチじゃない自分がいて、、、

約2名のためにも、自分のためにも
笑って今日も働きましょう

それでは、、、

なごり寿司












初めての「立ち眩み」


4月4日 水曜日

昨日から初夏の陽気の福岡です

明後日は母の1周忌

梅の剪定したり雑草取りをしたり
私なりの準備をしていました

ところが、、、

脚立に上って顔を上向けて枝を切っていると
「立ち眩み」が
少しして収まったので
またやっていると、、、もう1回きました

今まで立ち眩みなど経験がないので
正直言って「怖い」ですね

2日前だったか?
後ろに乗っている若い男女の声がうるさいほどに大きく感じたのです

実は私、数年前に軽い脳梗塞を起こしたのか
左耳が聞こえづらくなっていて
今までタクシ~に乗っていてうるさいと感じたことはなかったのですが、、、

あわてて医者から言われた通り
口を動かしシビレはないか?
左右の手足に異常はないか?

とりあえずは、、、大丈夫、、、と思ったのですが
やっぱり体に異変が起きているのでしょうかね

母方の祖母と伯父が60歳少し超えたあたりで脳梗塞で半身麻痺に
母はふたりが亡くなった67歳で同じく麻痺してしまいました

あと5年は働かなくちゃいけないし
今、倒れるわけにはいかないんですが
目に見えないから怖いですよね

今日は年金のことでも書こうかなと思っていたのですが
身体の異変の方がショックで

意外と、、、

誰でもそんなことはあるのかもしれません

ただ、、、人に言わないだけで

もっとも人に言ったところでどうにかなるものでもないし
皆さん黙々と働いてあるのかもしれないですね


そんなところで
忘備録がてら書いてみました