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徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
マニラまでの道のり
今日は1月18日

早いものでタウンハウスを借りて1ヶ月
今日家賃の支払いをしてきました

一月8000Pは痛いというか、、、

懐に「ズシ~ン」ときますが
安全を買うとなると仕方ないかな、、、そういったところです

この前はバスに乗ってレイテに行ったときのことを書きましたが
行けば帰ってこなくちゃいけない

レイテからマニラのことを書いてみようと思います

最初はワゴンに荷物を目いっぱい詰め込んで
日本だと、、、

「夜逃げですか?」そう聞かれるような姿

朝8時にスタ~ト
しかしワゴンは隣町到着時にはオ~バ~ヒ~ト

5~6㎞で水を入れて冷まさなくちゃいけない始末
なんとかタクロバンに着いてラジエタ~修理の店に行き修理
3時半に修理完了
カトゥバルガンで6時

朝出発時はサマ~ル島を越し
アルバイ州あたりまで行く予定でしたが

「もういいや、、、」とカ~サクリスティ~ナというホテルに宿泊

ここの4階は1部屋だけで広々としたベランダがあり
自由に持ち込んで飲み食いしてよいとのこと

1250Pは痛いですが、、、約2名は大喜び

電気のないレイテから来ると信じられないくらいの夜でした

朝、カトゥバルガンを出発し
カルバヨグで朝食

ここまでは調子良かったのですが
フェリ~が4時間待ち

ルソン島に到着してすぐ雨が降だし

ワイパ~が故障

西日がフロントガラスの水滴に反射して前がまったく見えません

そのうち暗くなってきても雨は降り続き

車を止めてはガラスを拭く

それを繰り返しながら前進

それにしてもいやに前が見えないな、、、と思えば
ライトは片目

フォグランプを点灯しトライシケルの後ろを付いていく有様で
時速15~20㎞

ここがもう限度、、、

これ以上前が見えない状態で走ると事故を起こすと
レガスピ~の隣町ダラガにて宿泊

車も地下駐車場に入れてエアコン付きで650P

ただ、、、近くに食べるところがなく
ジプニ~で中心部へ

ここはレガスピ~とマニラに行く分岐点で
公園の周りに屋台がいっぱいあって、なかなか楽しそうな雰囲気

思いっきり飲んで食って

帰りはトライシケルで20P
なかなか好印象な町でした

翌日は今日中にマニラに行くぞ!とマヨンに誓いながら

爆走!!

ナガの町をバイパスにて一目散に通り抜け
一路マニラを目指しますが

標識がないに等しいフィリピン

前のトラックを追い越したところがマニラへの分岐点

感じの良い道路でしたが
必ず通っているはずのバスやトラックが全然いなくなりました

駐車しているトライシケルに聞くと
この道を行くと「ダエト」に行きマニラにも行けるが
ずいぶん遠回りになると、、、

ダエトにも行ってみたい気はしましたがUタ~ン
もう12時近くなって近くの町で昼飯でも

そこで尋ねると近くに日本食の店があっておいしいとのこと

恐る恐る入ってみると値段もリ~ズナブル

さすがは日本人がオ~ナ~の店で清潔だし、生野菜が付いていて
初盆などで仏壇の両脇にあるクルクル回る提灯が妙にきれいで、、、

3名とも大満足

隣が日本の中古品の店で、奥さんにも親切にしてもらい
感謝いっぱいで出発
すぐの山越えもなんのその

穴ぼこ道にアキアキしながらも一気に越して
ビコ~ル州からケソン州に、、、

海沿いの悪路も突っ走り
渋滞のグマカを抜け

最後の山越え

これを降りるとルセナ

しかし上り坂でトラックやトレ~ラ~が渋滞
迂回路のもっと急な山道を登っていくと下りにはブレ~キの焼ける匂いが、、、

それにブレ~キも甘くなって反対車線に飛び出す始末

もうすぐサンパブロ
ここに行けばファインロックという車が中に入れるホテルがある

しかしもう暗くなってバイバスに入ったところで
ブレ~キが「スッポリ」と抜けて、、、

慌ててUタ~ンしてモ~テルに入ると
今度は運転席側の窓が閉まらない

ゴザみたいなものを内側において、、、

返って12時間850Pのモ~テルの方が良かったのかもと、、、

翌朝、コ~ヒ~を飲みに出かけ尋ねると
すぐ近くに修理工場があるとのこと

時速10㎞でそこまで持って行くと
ライニングじゃなくオイルを押し出すバネの部分の交換ですんで

それからサンパブロを過ぎSLEX(南ルソンエキスプレスウエイ)で
一路、サンタロサを目指します

期待に胸を膨らませ高速を降りると、なんとなく、、、

イメ~ジが、、、

違いすぎるのです

将来、首都の遷都も考えられていて
アヤラが街作り、、、のはずが、、、

ビレッジの中は快適なのかもしれませんが
通りは田舎の小汚い町そのもの

昼飯食って、シェルで軽油入れて早々と立ち去りました

次はカビテ州のダスマあたりで高速を降りましたが
しかし、、、渋滞がひどくて

すぐさまUタ~ン

しかし高速の乗り場がわからずにただノロノロと前に進むだけ

ただ山手に上ると高級住宅街が広がっていましたね
私には縁がないですが、、、

もうこうなったらラスピニャスに行くしかないと決め
また高速に乗るも

たぶんアラバンで降りればいいのだろう

1番右の斜線をゆっくりと走りながら標識を探していましたが
肝心の標識は違う名前で、、、

降り口を過ぎた地点に「こちらの道がアラバン方面」みたいに表示があって
もちろん私は分離帯の本道から眺めただけ

やはり恐るべしフィリピンですね

仕方なしにス~カットで降りて
渋滞のなかパラニャケの高級ビレッジのハンプに乗り上げながら
やっとのことでラスピニャスにたどりつきました



2回目は1月1日、早朝ラスピニャスを出発するも
バスの故障などで1月4日の出発は早々と諦めて

1月4日は出発準備の日

どうやったら軽トラで安全に、なおかつ大量の荷物を運べるか?
3日の夜、電気のないレイテでロ~ソクの光の中
ワランペラド~ルを飲みながら考えました

バイクと自転車とエアコンとプラステック製の衣装タンス
軽トラの荷台はもうこれだけでいっぱい

そこで思いついたのが

荷台に木で長方形の枠を作り
その枠の上に本棚、食器棚を載せて
枠の中に載せれるだけの荷物を載せていこう

朝から木枠を作り
上に棚類を載せて縛り上げ
下に次々と荷物を載せていきます

もう板バネが平ら、、、

しかしカミさんは米袋も持ってきますし
使いもしない、電気炊飯器、ジュ~サ~など次から次へと、、、

「もう積めないぞ」

しかし、、、もう少しもう少し
人間の欲はキリがないものですね

シ~トを被せるととても軽トラとは思えない姿です
なんたって運転席のフロントガラスの上まで
シ~トが直角にそそり立っていますし

翌朝7時

「いくらなんでもこれは積み過ぎ。ひっくりかえるぞ」

その声を後に、愛するサンロケにさよなら言って出発

途中で2度、自転車用の手押しポンプでタイヤに空気を入れましたが
やはり空気が抜けていると

カトゥバルガンの手前のボルカナイシンで見てもらうと
左後輪のチュ~ブに2個穴が開いていました

念のために、チュ~ブレスタイヤにチュ~ブを入れて
2重にしていたので急激には抜けませんでしたが、、、

カルバヨクまでは順調

途中で寄った店のひとり娘さんが
タクロバン空港近くのサンホセに家を買い
今度の台風で亡くなったと、、、

こういったところにも被害者の家族がいるんだな

シンミリしてしまいましたが
それを吹き飛ばしてしまう悪路

スピ~ドを落とし迂回しながらショックを避けていましたが
あとアレンのフェリ~乗り場まで15分のところで
右後輪がバ~スト

何もない荒地のようなところで6時前
すぐに暗くなってきましたし、車は通り過ぎるだけ

荷物を積んでいるのでジャッキは3~4トン用
バ~ストしていなければ車体の下に入るのですが、、、

スペアタイヤもチュ~ブタイヤだと格納場所に入るのですが
チュ~ブレスタイヤだと幅が広いので入らず
空気を抜いたままムリヤリ入れてきたのです

そのスペアタイヤも大きな穴が開いているのか空気が入らず

途方にくれ、ここで軽トラになかに3人寝るしかない
そう思っていたところ、ジプニ~が止まってくれて

カミさんとケンケンにスペア~タイヤを持たせて
修理してメカニックの人を連れて来てくれるよう

待つこと1時間

日曜日の夜だしムリだったのかも?と思っていたら
トライスクルの音がしてカミさんたちが帰ってきました

皆さんが仏様に見えましたね

山道を登って下った所だったのですが
上りのところにあった村が危険な村だったらしく

「ここで止まってラッキ~だった」

皆さんからそう言われたそうです

確かに通り抜けながらもなんとなく、、、
顔付きが少し違っていて不自然な感じでしたし

やっとのことでアレンのフェリ~乗り場に近づきましたが
その前の道路にはトラックが永遠と並んでいます

「これはすぐには乗れないぞ」

入り口にある小さな事務所で登録しても
乗船は明日になるとのこと

実はここで乗船の調整しているらしく
ここでの書類が回ってこないと窓口で発券しないのです

仕方がないので構内にあるホテルで泊まることにして
メシを食っていると

子供連れの3人が軽トラの狭い室内で長時間待機は
かわいそうと思ったのか?

「今すぐ乗れるぞ」そう声をかけてくれましたが

「ホテルにお金を払っているし
 明朝4時に受付窓口に行ってみる」

「もう書類は回しているので、いつでも好きな時間に乗れるから」と

翌朝4時前に行くと、ここの輸送能力ってすごいものです
あれだけいたバス、トラック、乗用車が少しだけになっていました

アレンとマツノグの港に3~5隻、それに移動中の船も往復いますから
10数隻の船がフル稼働しているのでしょう

夜が明けてすぐマツノグに到着

一路マニラを目指しますが、ソルソゴンの山道や田舎道
スペアタイヤがないのも不安ですし

いっそのことレガスピ~までとも思いましたが
ソルソゴンでスペア~タイヤを買いました

しかし、、、店の人間がムリヤリ押し込んだのか?
すぐ下のガソリンチュ~ブを破ってガソリンが漏れています

修理屋で直したのですが

そのときの人が場末にいるようなおばちゃん
クシャクシャの髪でそれを頭の上でちょこんと結んでいます

こんな人で大丈夫なのか?そう思いましたが
チュ~ブ関係ではソルソゴン州でも1番

そう部品屋の品の良い主人が太鼓判押してましたし

なかなか良い店だったので電気周りも修理してもらったのが

運のツキ

時間がかかってまたまた夕方、、、

フィリピンタイムというか?
ピノイジョブというのか?

私一人ならじっと待っているのですが
子供連れ、、、

「お腹がすいた」と言われればすぐ前の店に入ります

するとメカニックの人間も消えていて
他所に修理に行っている有様、、、

元々、修理の依頼が入っていて
私たちが飛び込みですから文句を言うわけにもいかず、、、

ただひたすら待つだけです


ソルソゴンの大きなバスやジプニ~のタ~ミナル横で
部品屋の隣にそれぞれの専門メカニックがいる店で

私は知らなかったのですが

好意で自分のバイクを使い
ソルソゴンの街全部の店を回って部品を探しに行ってくれ
カミさんが上乗せしてくれといっても1Pも受け取らなかったり

先ほどのおばちゃん

電気のメカニックに

「地元料金だけにしておいてくれ。レイテの人たちだから」

ソルソゴンも数年前大きな台風でたくさんの人たちが亡くなったそうです

そのおばちゃん、荷造りが緩んでいたのを直してくれたり
いろいろ気を使ってくれますし
車もかなりの知識を持っているようです

「あのおばちゃん、なかなかすごいぞ」

カミさんにそういうと

「あの人、男よ」

「え、、、」

部品屋の主人

「今日はレガスピ~あたりで泊まったほうがよい
 雨が降ってきたし、子供連れで夜運転するのは危険だから」

案の定、前が見えないほどの豪雨になって
前回のダラガで泊まることに、、、

ホテルはひとつ手前で繁華街に歩いていけるところ
寒いしエアコンも要らないので500Pにしましたが、、、

結局、前回と同じ行程になったね
明日こそラスピニャスに帰るぞ

その決意も新たに寝ましたが

翌日はふたつの山越えで2回オ~バ~ヒ~ト
ダマシダマシ走りましたが

同じくサンパブロ手前でもうヤバイと、、、

前回の修理屋に暗くなってたどり着くと

「ウォ~タ~ポンプ交換とタイミングベルトも交換しなくちゃいけないかもしれない」

結局また同じモ~テルに泊まることに


翌朝修理するも今度は金属パイプあたりから水漏れ
サンパブロのラジエタ~屋にて修理

そしてブレ~キもおかしいのでそれを言うと
ラジエタ~屋の人が連れてきたのが

手の震えが止まらない老人、、、

大丈夫なんかな?
ブレ~キの取り付けが悪いと中でバラバラ
ハンドブレ~キまで壊れて7000Pぐらいかかるんだけど、、、

しかし大丈夫だと、、、

その老人、実はブレ~キシュ~の貼り付け屋で
線路脇で細々とやっているようです

まあブレ~キには詳しいようですが
なんといっても手の震えが止まりませんので
見ていられないし、時間はかかるし

終わったのは日暮れ、、、

前回より遅くなってしまった

急いでSLEXに向かいます

しかしまた、、、水温が、、、

ラジエタ~もすべてチェック
水漏れもなかったのですが

なぜか水が減っています

ボルカナイシンに寄りエア~も入れましたが右前輪がかなり減っています
ほかは異常ないのでこのチュ~ブは穴が開いている可能性が大です

イチかバチかでSLEXに乗り込みました

水漏れでオ~バ~ヒ~ト、それに右前輪のタイヤがパンクしている状態
それも極端な過積載している軽トラで

高速道路を走るか?

日本だとそう思われるでしょうが

高速道路といっても私の軽トラの速度は40~55㎞
一般道路と変わりませんし

下の道路を走ればまた明日になる可能性が高いし

かえって高速道のほうが設備が整っていて
駐車場はあるし水もある

そうはいっても

「南無さん」「神様仏様」「ついでにイエスさま」

ドキドキしながら走りましたね

2回、明々と輝くパ~キングに止まり
トイレで水を拝借して、、、

アラバンまで7㎞

もう大丈夫、、、

後は間違いないようにアラバンで降りるだけ
時間は12分後

しかし、、、

またも間に合わず、、、

かろうじて降り口にギリギリ入ったものの
アラバン方面は右
しかし降り口にも分離帯があって私は左

「あたしゃ~どこにいったらいいの?」で

まっすぐ行ったら建物の中に入っていきましたが、、、

なんとかアラバン~サポテ ロ~ドに入り
SMサウスが見えてきて

やがてス~カットへの道も病院も

帰ってきたぞ、、、セブンイレブンを曲がり
バ~ベキュ~とシュウマイと豚マン、おかずを買って

我が家にたどり着いたときはすべての力が抜けていました



前回同様、車の故障に泣いた3日間でした

運転しているより
修理している時間のほうが長かったような、、、


ピノイはすべての元凶

もう少し注意をはらってくれていたら

もう少し丁寧にしてくれていたら

確かにそうなのですが、、、

それ以上にピノイたちに助けてもらった
3日間と3日間 合計6日間でした

ピノイには大きな借りができたな

それだけは間違いないところです



戻ってきてからラスピニャスに住むきっかけを作ってくれた
知人の家に行くと

「ふつう、日本人はレイテからマニラに
 自分で車を運転して行こうなんて、考えもしませんよ
 それを一度ならずに二度までも、それも一月の間に、、、」


返す言葉がありませんでしたけれど、、、、




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