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徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
近況報告です



5月5日 金曜日

桜も終わり藤の花も終わり
ふと見上げれば
山は初夏というより夏の色合いと光を放っています

世間ではゴ~ルデンウイ~クの真っ最中ですね
この時を逃してはと、、、渡比されている方も多いでしょう

私も出来ることなら飛んでいきたいし
逆に3月末からケンケンが夏休みになりますし
約2名を日本に呼び日本の美しさ、良さを味わわせてあげたい
それを考えていたのですが、、、

3月の下旬から母が危篤状態になりました

去年母はまた脳梗塞を起こしたらしく
右手も動かなくなってしまい
そのときは生きていても仕方ないだろう

そう思ってましたが

いざその時が近づくと
いてもたってもいられず、、、

病院に行くのもツライけど
気になって行ってしまう

寝ていても携帯が鳴った!と飛び起きても着信履歴はなし

13年間介護した肉親の命の火が消えようとしている
過度のストレス状態が続いて睡眠不足のなか
4月6日に亡くなりました

私は私の性格から
きっと母が死んでも泣かないだろう

そう思ってましたが

担当の副院長に挨拶をするとき
涙が止まらず挨拶ができませんでした

亡くなるまでの2週間近く
病院の皆さんは本当によくして頂いたし

亡くなっても身体を拭いて着替えさせ
化粧までしてくれて

霊安室に運んでからも副院長をはじめ
たくさんの方々が代わる代わる線香を上げにきてもらい

車で葬儀場に運ぶ時も副院長と1番良くしてもらった看護師さんと
見送りに来てくれました

「お母さん、皆さんに良くしてもらって本当に良かったね」

薄暗くなってから葬儀場に着き
その晩は私と妹で夜伽

私は雨の中、自転車で母に供える花と食品果物
それと私たちの食品、酒、ビ~ルを買いに行き
ささやかだけど私なりに精一杯豪華に飾りました

妹がポツリと

「愛を感じるね。
1番大好きだった徳さんにこうしてもらってお母さんも喜んでいるよ」

本当は翌日が通夜
翌々日が葬儀なのですけど、ちょうどその日が仏滅
その翌日の日曜日もお坊さんがどうしても外せぬ用事があって
他に頼むも、他の天台宗のお坊さんは皆さん予約済みとのこと

母をこのまま置いといてもかわいそうだし
私のこと、、、いつもの発想で

それならお坊さんに頼んで翌日葬儀
その晩に家族だけの通夜をしよう

通常とは逆さまですがこの技で何とか乗り切り
かえってお坊さんにも喜ばれてしまいました

両親が35年前ほどその寺の納骨堂を買っているのですが
喜ばれているこのときを逃さず

「和尚さん勝手ですがお願いがあるのです
 母は父の里の人、誰も知らないですし
 知らない土地、知らない場所でひとりポツリと居させるのもかわいそうです
 父もそう長くはないと思いますし
 父が逝って49日過ぎたとき一緒に納骨させてもらうことは可能でしょうか?」

「それは構わないですよ
 そちらの方が両親も喜ばれるでしょう」

しきたりよりも本人が望むかどうか?

これで気になっていたことも一挙解決

翌日の午前中に火葬
もう骨がほとんど残ってない状態に驚きながらも

私がデイパックに母の骨壺を入れ、妹と2人で歩き
途中に母が好きだった園芸公園の桜を眺めながら

「お母さん 
 あなたの大好きだった桜も今がちょうど満開できれいです」

そうして家に着きました

私的には「これで終わった」
そんな気分だったのですが

写真や飾りつけが終わり
「ほっ」としていると

妹が一言

「49日までに遺品を片付けてしまわないといけないらしいよ」

「えっ、、、」

私なんて1度も人が死ぬことに立ち会ったことないし
すべては初めてのこと

それからが大変

衣類だけでもゴミ袋50袋ぐらいはありそうだし
着物まで捨てると100袋にはなるのではないか?と

ちょうど明日の日曜日が燃えないゴミの日
この際だから陶磁器も片付けてしまおう

しかし捨ててしまうのは悩むのですよね

すべて母が買ったもの
使うことないものでも盆前と正月前にはすべて洗って干して

母は夢を見ていたのでしょう

まだその頃は家族主義が生きていて
何をするにも家に呼んでふるまう時代でしたし

客用の布団、枕、シ~ツ、座布団から
グラス、湯呑、酒器、お茶碗、お吸い物椀に大皿小皿、大鉢小鉢
フィリピンと違って日本料理は品数が多いですからそのぶん器も多いし
そしてそれの かける6 かける12もありますし

将来 私が結婚して相手の両親が来られても大丈夫なように
妹の結納でも結婚した後でも恥ずかしくないように

良いものを少しづつ買い揃えていったのでしょう

そして私と妹がなかなか結婚しないものですがら
少しづつでも長年の月日になると、、、それは膨大な量になり

しかし必ずその日がやってくる
そのときのためにと、、、夢を見ていたのでしょう

私は49まで独身、そしてフィリピン人と結婚
妹はいまだに独身

報われませんでしたけど

しかし陶器を小さめの箱に入れていくと自然と涙が出てくるのですよね

忌引きの3日その次の日が公休日
月曜日から仕事をしだしても家に帰ってからは遺品片付け

健太郎はパパっ子ですから毎日朝昼晩スカイプで「papa」と呼び掛けてきてますが

「I´m sorry  I´m sleepy」 こればっかり

カミさんは「ごめんね」

いや~日本人じゃなくフィリピン人と結婚して
おまえさんがフィリピンに住むことを望んだのは私だから

そんな調子ですから仕事もおろそかになり
月末が近づいても売り上げが上がらず
おまけに駐車違反で捕まるは、、、

初めての足切りになるか?

なんとか30日でそれはクリア~しましたが、、、


それでも片付けはなかなか進まず
業を煮やして妹に電話

「こんなことでは終わらない
 姉さんに着物を引き出しごと全部持っていき
 自分の家で整理して傷んでないものは残し
 要らないもの傷んでいるもの処分してくれ」

金曜日に家に来て着物専用の桐箪笥とともに自分の家に持って帰ったようです

これで49日、今月の24日までにはなんとか片付きそう

しかし24日は三隣亡
お葬式の予定日は仏滅だったし

仏教徒としては

「トコトンあんたってついてないね」

そう言いたいところですが
桜の最盛期に死ぬことができたし
毎年桜の時期には思い出してもらえますから
差し引きプラスだはないかと、、、

その日は私は公休日だし、妹も休みを取ったそうで
家族だけだしお坊さんも呼ばないからだからいいんじゃい

これでフィリピンでは

「ブディスト」なんて言ってますが
ほんとうに仏教徒といってよいのか?

まあ私のことですから、、、

今日はとりあえず片付くメドがついたし

ご報告がてらに書いてみました

こうやっていくうちに母との距離が自然と開いていき
母が亡くなったことも素直に受け取れるようになり
母が思い出の人となっていくのでしょう

きっとそれでいいのですよね

そして、、、

やっぱり家族といつも一緒にいたいですね

良いときも良くないときも、、、

それを実感したひと月あまりでした





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