FC2カウンター

プロフィール

徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

最新記事

最新コメント

CalendArchive

月別アーカイブ

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ

最新トラックバック

QRコード

QRコード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

サバイバルゲ~ムなのかな?

最近ふと考えてみるのですが
もしかしたら私は大きな勘違いをしていたのではないかと・・・

フィリピンといえば悪いイメ~ジがどうしても先行しがちですが
そうでもないものにパ~ティ好き
これがありますね

笑って飲んで歌って食べて

楽天的なピノイを代表するもののひとつでしょうね

もっとも私のところだったら小さな飲み会が多いですが・・・

なんでこんなにパ~ティや飲み会が多いのか?
裕福な家庭であってもパ~ティ費用はバカにならないでしょうし
私のところだと

「金もないくせにどうしてそんなに飲み会を開くのだ?
 ましてや借金までして・・・・」

それがまったく理解を越えるものですし
楽しければそれが1番
それはわかるが、しかし経済観念がまったくない
そういった捉え方をしていました



しかし以前、博多のごりょんさんの

「ふるまいができないのは死ぬほど辛い」

それを思い出していると
もしかしたら・・・・

今の日本はサラリ~マン社会ですからそうでもないですが
戦前まで「ふるまい」と「付き合い」
これは無くてはならないものだったらしいですね

「ふるまい」や「付き合い」ができないと今ある地位にいられないし
その人たちが属するそれぞれの社会からはずれてしまう

逆に言うと
その人たちがその属する社会に居続けるためには
何が何でもそれをやっていかなくてはいけない

ことわざに
「成り上がり者でも三代続くとそれなりの顔形、立ち振る舞いになる」

こんなのがありますね

三代ですので数十年以上膨大なお金を使い
付き合いの中でそれなりの立ち振る舞いを身に付け
その社会に少しずつ認められて子供に良妻を与え続けていく

まあこういったことなんでしょうね

もしフィリピンがこういった社会だったら
なんとなくあの必要以上のプライドもわかるような気が・・・

それなりの家に生まれたというだけでなく
何代にもわたって
それだけの「ふるまい」「付き合い」を続け
多くの家が没落していくなかで
その立場、その身分を守ってきたファミリ~の一員だ

そういうことなのかもしれないですね


もしそうだったら

私なんて顔は笑顔を振りまきながらも

な~にを偉そうに・・・頭は中学生並みのくせに
何なら高校1年の数学の問題出してやろうか
解けるものなら解いてみろ

こういったよこしまな考えはマチガイですね



もうひとつ

「三代目で家が潰れる」

交際費が膨れ上がっていくのに収入が追いつかない
これでしょうね

ごく若いころでしたが
大阪、大阪人があまり好きではありませんでした

挨拶の「儲かってまっか?」とか「汚く稼いで綺麗に使う」
若いときは純粋というか・・・そんなものがあって
なんだかイヤだなと・・・

しかしそうじゃないんですよね
儲かってないと、その人がその地位にいられないし
その家族もその属する社会にいることができない
綺麗に稼ぐだけでは追いつかないんですよね
きっと・・・・

だからその地位を守るためにカルテルを結び新参者を排除したり
商売は商売、約束は約束と厳しい取立てを行ったり
逆に助け、将来の予防線を張ったり

ただ三代目になると立ち振る舞いなどは様になる代わり
どうしても「汚く稼ぐ」部分が甘くなってしまう

誰しも「綺麗に稼ぐ」に越したことはないですし
表の顔と裏の顔を使い分けるより、表の仏の顔だけのほうがいい
これは人情ですよね

これもフィリピンがこの社会なら
ありとあらゆる手を使って金を稼ごうとする姿は
なんとなく理解できるような・・・

考えてみたら
強烈な生存競争の社会なのかもしれないですね
今の日本なんかよりもっと生き残りを賭けた社会なのかも・・・

日常的に「ふるまい合戦」「付き合い合戦」
付いていけなくなった家は自動的に落ちていく

そうなると
個人の資質よりも、生き残ってきた家柄、生き残っていくだろう家柄
すべてを含めた家の歴史などが優先されるだろうし
その家柄の人間も
これから先ずっとそれを続けていかなくちゃいけないだろうし
その原資を作り続けなくちゃいけない


もしフィリピンがこういった社会だとしたら
私はもう終わった人間だからいいけど
息子には悪いことをしたな

そんな気がしてきました





曲にしましょう


宇崎龍堂で「知らず知らずのうちに」



知らず知らずのうちに







これ以前貼り付けたことがあったような気が・・・
しかし思い出せません

完全に健忘症ですね

しかし好きな歌でしたし
確かに歌詞のような・・・

そんな時代もありました









スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://tokuemon30.blog76.fc2.com/tb.php/216-1d70d29c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。