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徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
鈴木紀夫さんという人
今日も朝から快晴、太陽ギラギラですが
時折冷たい風が吹いてきて、

なぜか「ほっ」とする1日です


考えてみたら最近、本を読んでないですね

子供の頃から読書はわりと好きな方でしたが
レイテにかかわりだして

向こうに行けばケンケン
日本にいればジジババ

とりあえず夜になり、落ち着けば「すぐ一杯」ですので
読む時間がないといえば、そうなんですが

それでも2年ほど前までは
ブックオフの100円本専門ですが少し時間の合間に読んでましたけど

今となっては、、、

今年に入ってなにか読んだかな?

そんな調子です


昨日、小野田さんのことが書かれたブログがあって
読ませてもらったのですが

「たった一人の30年戦争」

この本、ぜひ読んでみたいですね


以前ケイナさんも小野田さんのこと書かれてましたが


小野田さんというとなにか、、、

がぜん興味が湧き出てきます

日頃は眠っている男の血がそうさせるのかもしれませんが、、、



10年近く前

サバンで現地の人が

「ルバン アイランド」

うっすらと海の上に浮かんで見える島を指差しましたが

「あ~~あそこだったのか、、、小野田さんがいた島は」


私も渡ってみたかったです

ただ、目の前に見えてはいるのですが
潮の流れが早すぎて、なかなか船を島に付けれないそうですね


小野田さんが発見されたとき
私が何歳だったのかよく覚えてませんが

叔母さんの旦那さん
狙撃兵でしたが万年上等兵

口数も少なく、上手なんてまったくいえないタイプで
一言喋ったあと「ふっ」とはずかしそうに笑う

そんな人でしたが

ある日、小野田さんの話になると

「あの人は本物だと思う」

ポツリと一言、、、


それ以前にグアムで見つかった人がいましたよね

横井さんだったか?

この人に話が及ぶと

「う~~ん あっちは逃げとるね」


当時マスコミは戦争の悲劇を前面に押し出すためか
はやし立てていましたが

旧軍人の人たちは全く相手にもしなかったらしいです

現場にいた人達は
たとえそれが違う戦線にいたとしても
なにか第六感というか、、、

不自然さに「ピッ」と反応するものなのかもしれないですね


父も以前、満州の仲間とで飲み会を定期的にやってましたが
ある人がこっそりと

「〇〇君はどうも731にいたようだ」

もちろん本人はそんなこと一言も口に出すことはなかったらしいですが

話の中で、その地域の名前や固有名詞は使わなくても
なぜかしら分かるものなのでしょう

それ以来、その人が会合に来ることはなかったらしいです



また話がズレました



小野田さんの関係では鈴木紀夫さんの本をずっと昔読んだことがあります
世界中を旅行していた深夜特急型旅行者の先駆けみたいな人ですね


戦争が終わって長い年月が経つのに
まだ外地に日本兵がいる

そしていることが分かっているのに真剣に動こうとしない人たちがいる

「それなら俺が行く」と単身プエルトガレラに行くも
船が出なくて、ただひたすら待つ日々

思い余って聞いてみると

飛行機で行けばカンタンに行けるし
飛行機代もゼンゼン高くない

仕方ないんですよね

私の時もそうでしたがそれ以前の人たち

「飛行機は高いものだ」

この先入観がありましたし
バス列車、船に乗って何10時間かかってもたどり着くのが当たり前

国内線の飛行機に乗る

この発想がそもそもなかったのですよね


一旦マニラに戻り、あっけなく到着したルバング島

ここら辺あたりだと小野田さんに遭遇できるかも?と
初日テントを張っていたら

もうしっかりと小野田さんに一部始終を見られていて

小野田さんも妙な日本人らしいのがひっこりと現れ
テント張っている姿に注目してみると

草履に靴下を履いていた



まあいつもの想像ですが
やっぱり鈴木さんもマラリヤが怖かったのでしょうね

ただ、すぐそこに順応するというか
慣れてしまう日本人

2日目からは靴下履かなかったそうですが、、、



本を読んでいくと
鈴木さんもびっくりしたみたいでしたが

小野田さんが思い出を話し出すと

昔、若い頃上海にいて
ダンスホ~ルのママさんと一晩中踊り明かして

「あの頃は楽しかったなぁ」と

一人、戦後も戦争を続けた小野田さんのイメ~ジと違いますけど、、、


もっと「いかめしい」というか、「硬い、頑固」というか
そんなイメ~ジが先に立ちますよね


まあしかし

人間ってそんなものかもしれないですね



そして

鈴木さんも義侠心だけで小野田さんのいるルバング島に単身渡った訳ではないようで

その当時

日中国交正常化


中国と国交を結ぶのは良いとしても
そのために台湾を切り捨てるのは

「筋が違う」

小野田さんを見つけて注目を浴び
それを声を大にして叫びたかったそうです

「おかしいものは、おかしい」と



まあしかし

その当時、巨大マスコミがすべてを牛耳っていて
それが表に出てくることはなかったですが、、、、

今だとインタ~ネットでそれなりの議論が出てきていたかもしれません



小野田さんも男ですが

鈴木紀夫さんも男ではなかったかと




まあこの鈴木さん

ヒマラヤに雪男を探しに行き、雪崩で遭難死


この部分は少年時代「冒険王」の読みすぎじゃないかとも思いますが

やはり男だったな


今の日本人が忘れてしまった

いや、わかっているけど声に出さない、行動しない


ですよね




利は人にとっても国にとっても大事なことなんですが

利だけで動くと


やっぱり今の日本、日本人になってしまうのかなと



それを予感していたのかもしれません
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