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徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
結局そういうことなのかも、、、そう考えました
今日は1月30日

日本で言えば晦日
フィリピンで言えばホセリサ~ルディ

それと、、、恥ずかしながら
私の誕生日でもありまして

もうこの年になると来なくてよい日なのですが、、、

なんとかラスピニャスも慣れてきたところですけど
来月2日、正月真最中に一度レイテに戻り
軽トラに荷物を積んでマニラへ、、、

ワゴンでも遠い道のり
スクラップのチョップチョップ軽トラで

あの悪路を帰ってこれるか?
かなりのムリがありそうですが、、、


また当分の間、音信不通の状態になりますので
少し書いておこうと思います

大災害の後の超物価高のことは
この前書いたのですが

私の場合、総費用となるとそんなにはかかってないのです

贅沢品は店が閉まっていて買えませんし
それ以前にタクロバンに行く燃料すらない状態で、、、

毎日、ラ~メンライス、焼きそばライス
レトルトカレ~、シチュ~

もう一生分ってよいくらい食べましたね

到着後1週間くらいすると
近所の養鶏場で卵が買えるようになり
だいぶマシになりましたが、、、

肉も魚も電気がないと保管できませんので
いつも一食分だけ

しかし卵は常温保存できますし

朝は目玉焼き、残りご飯は焼き飯、雑炊
卵を入れれば味がぐっと引き立ちますし
ス~プもなんとかなり
本当に卵って便利な食料です


地元の連中、、、

食料は「リリ~フ」と呼んでいますが
救援物資の配給が毎日のようにあり
質はともあれ、飢え死にすることはないのです

しかし、その分良し悪しがあって

昼から配給が始まると
働いている人全員列に並んで午後からは作業できません

配給の連絡があるともう仕事にならないのです

誰でもタダで食料がもらえるとなると
それ以外は考えられませんし

元々住民登録がいい加減なところで、不正がまかり通ります

その不正を何とか正そうとして時間をかけるのですが
何としてでも、もっと食料をほしい人たちばかりですから

上に政策あれば、下に対策あり

つまるところ、イタチゴッコ

私は行っていませんが
毎回大騒動だったらしいです

元々、国や地域の秩序
そういったベ~スが出来てないところで
公共とか恥などの概念が薄いと
何をしようともしてもなかなか難しいですよね

そのリリ~フも最初はNFAライスの古米
カビて臭いのするものとイワシ缶だけが
各国からの援助が本格化すると
米の質も良くなりコ~ンビ~フ、ランチョンミ~ト、ラ~メン
種類も量も増えてきて

食料だけでなく、ミネラルウォ~タ~
洗剤、石鹸、バケツ、屋根の代わりのシ~ト、洋服などなど

さまざまな必需品が配給されてきました


それから、たぶんアメリカの援助でしょうが

1回分のシャンプ~みたいなパック
たぶん1回の食事にあたる栄養素が詰まっているのでしょうが、、、

それと粉末の一瞬にして水を浄化する薬品

日本も日本人の思考だけで決めてしまい
カンチガイ、、、かつ、ハズシまくりますが

アメリカ人も似たようなものかも、、?

ハラの足しにもならない高い栄養素の塊より
地元の連中にしてみれば
インスタントラ~メンを数個貰った方がいいし

外国人には不潔な水と思えるものでも
そこの住民は元々赤ちゃんのときからこれを飲んで暮らしてますし
予防医学も重要ですが
正露丸やもっと強力なインドの下痢止めのほうが安くて効果的のような、、、?

カンチガイって日本人だけの特性ではないかも、、、

そんなこと考えてしまいました


それと緊急援助は絶対必要

これを大前提としてですが

援助は本当に必要なのか?
それもどれくらいまで必要なのか?

これだけの大災害になると
お金持ちから貧乏人まで様々な人たちが被害を蒙り

カンタンにこうだと決められないのですが、、、

援助はもちろん必要なのですが
人間食べられれば怠惰にもなります

到着して数日後
我が村の上空をいつものようにヘリが飛びまわっていました

食糧援助のヘリとばかり思っていたところ
いつまで経っても着陸せずそのまま飛び去っていき

皆さんガッカリ

実はフィリピンのテレビ局の取材だったらしく

その日の夜放映されたものに
被災地の我が村の住人たち

家もなく食料もないかわいそうな人たち

、、、のハズが、、、

闘鶏で盛り上がっているところをバッチリ撮影されて

それも、、、全国放送で、、、


大阪の通天閣の南に大きな公園がありますが
そこのテント村

食事は3食ボランティアの人が届けてくれるので
朝から晩まで麻雀三昧

私も通りから見ていて

「こいつら働く気があるんかいな?」

そう思いましたが

日本人とフィリピン人

肌の色は違いますが
食うのに困らなければ、似たようなカタチになるのでしょうか、、、

近所の連中も、もちろんそんな人たちばかりではないですが
そんな人たちもそれなりの理由はあるのです

家を作りたくても材料がない、買えない
その金を作るための働く場所もない

つまりすることがない

何もすることがないのなら楽しく過ごせる遊びがいい


災害当時は皆さん放心状態

あちらこちらで炎が上がり始めたのは
私が到着3日後あたりでした

夕方炎が上がるというのは
それ以前の時間に片付けしている証拠で
いわゆる放心状態から前に向かう力が出てきているのですが

それが終わると
今度はお金がないと作れないのです

人間食料がないと死んでしまいますが
ただ食料を与えていればいいかといえば

何もせず遊ぶばかりのブラ下がりを作るだけ、、、

難しいところですね


そんな環境の中にいると

私個人の考えですが
大災害というものは起こるものじゃないかな?と

昔からそれが起こるたびに
そこに残れる人たちと
そこに残れず移動せざるを得ない人たち
ふたつに別れ

それを繰り返してきているのではないかなと

援助は永遠には続きませんし
それを止めることは出来ません

そこでお金を作れる人たちはそこに残り
家族や親戚まで面倒を見ることが出来るが

お金を作れない人たちはやがて去っていくしかない

結局はそういうことなのかも、、、

ふと、、、そんなこと考えてしまいました


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コメント
無理することなく
ホセ リサールと同じ誕生日でしたか。
でも。徳衛門さんなら、なんか納得できます。

いつも言っているように、含蓄ある文章には
いつも感心させられます。

レイテからメトロマニラ、そして、レイテとの
行き来、これからがより大変でしょうが、呉々も
無理をせず、ご自愛ください。

[2013/12/31 22:28] URL | じゅごじゅごん #FgCSg54U [ 編集 ]


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