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徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
父のシベリア抑留

7月15日 火曜日

今日はケンケンがずっと前から楽しみにしていた
課外授業の日

息子はバスケットボ~ルを選んでますが
他にバレ~ボ~ル、絵画などあって
7時から10時までの授業のハズが、、、

昨日から台風のために学校閉鎖を決定されて、、、

しかしあきらめきれない息子

パンデサル買いに行くついでに学校に行くと
ちょうど先生が帰るところ、、、

ようやくあきらめたようです

ただ、、、台風が来るのは明日なんですけど、、、


さて今日は親父のことでも書いてみましょう

父がシベリアの収容所に入っていたことは以前書きました

その当時のことでも、、、



まあ戦争終了直後のこともあって食糧事情は最悪
日本とソ連の記録では収容所で約3割の日本人が亡くなっているそうですが

栄養失調での死というものは
とにかくきれいな死に方らしく、、、

ご飯を食べている最中でも、話をしている最中でも
「ふっ」と止まったと思ったら、もう息を引き取っているのだそうです

父のいたところはもっと悲惨だったのか

栄養失調のなか
朝から厳寒の中を出発し大木の切り出し、運搬の重労働
夜は蒸し上がって水分いっぱいの黒パン2枚食べて
毛布を被って寝るだけ

最初の冬で、約半数の人が次々と栄養失調で死んいったそうです

父はもう持たない、、、それを実感し

そこは医学生の強み、、、仮病を使うことに

病名は肋間神経痛
どうせソ連のヤブ医者では判別はできないし

カンゼンにナメてますよね

医務室に行き、奥の医者の部屋に通されて受診
医者は頭を捻りながらロシア語の本を捲っていますが見当たらず

「そんなロスケの本には載っているわきゃないさ」

そう思いつつシメシメ、、、

すると医者は立ち上がり、鍵を開けて取り出した本がドイツの医学書

「コイツこんな本持っていたのか?」

ちと、、、マズイ展開に、、、

ただ、この医者、、、律儀にも1ペ~ジ目がら読みだして

一安心、、、

コイツまったく分かっていないな
そんなところじゃない、もっと真ん中あたり、、、
そう言いたいところですが、下を向いて待つこと3時間、、、

ようやくそれらしきところにたどり着き
医者は首を捻りながら読んでいましたが

とりあえず、、、

安静ということで病室のベッドに横になることができたそうです

病室といっても暖房があるわけではなし、薬ももちろんなし
ただ厳寒の中、作業をしなくて横になっておれる

ただそれだけらしいですが

2週間、その生活ができたので死なずにすんだと、、、

ただその2週間が過ぎるとまた過酷すぎる重労働の毎日

元々栄養失調ですので体力が回復したわけでもなく
すぐさま体力が消耗しはじめ、、、

しかしなんとか、、、かろうじて春が来たそうです

雪が解けると、シベリアは湿地帯になり木材の輸送もできないし
だいたい蚊柱が立つほどの蚊の巣状態で山に入れない

ときどき近くの町の道路補修や家や塀作りに駆り出されるだけで
収容所で寝ておけるそうです

ただ、いつも空腹、、、こればかりはどうにもならず

食い物の話は厳禁

そんななか、ひとり少年がいて
いつも「ビ~ビ~」「ビ~ビ~」泣いていたそうで、、、

全員、その少年の気持ちはわかるのですが
泣いてばかりいられると自分も泣きたくなる気分になりますし

「おまえそう泣くな、、、きっと帰れるから」

そういわれても、、、また「ビ~ビ~」泣くばかり、、、


しかし帰国後、、、

人間とはなかなかわからないものらしく

その泣き虫は北九州のヤクザの親分から大親分へ

全員「えっ!アイツが、、、?」だったそうです


話は戻って、、、

そんなとき、、、、

収容所長であるソ連軍の大隊長
その世話係の募集があり、全員が呼び集められて集合

父はラッキ~と思ったそうですが
ただ一人手を挙げて

すぐさま「決定」

収容所のみんなから

「今からでも間に合う。取り下げて来い」

大隊長の虫の居所が悪ければ
すぐさま銃殺されても文句を言える筋合いではないですし

しかし

「この冬で半分死んだし、今度の冬で残りも全部死ぬだろう
もし銃殺になっても、少し早いか遅いかだけ
自分は親も嫁も子供もいず、死んだとしても誰も悲しむ者もいない 」

みんな納得して頷いてくれたそうです


ただ、、、

日本人が思っていたより、ロシア人というものは
大隊長、参謀長、その副官たちも

「本当にこれほどまで人の良い人たちっているだろうか?」という純朴さで
大過なく過ごせたそうです

ただ、例外を除いて、、、ですが、、、



ある日、廊下を歩いているときに
「なにか雰囲気が違う」と思いながら部屋に入ると

見慣れぬ男が3人、厳しい顔をして立っていたそうです

やがて男たちは去っていき
いつもは和やかな人たちもウンザリした表情

尋ねると、、、

共産党の人だったそうで、、、

それから来る人は変わっても、いつも3人連れでやってきて
その人たち、顔のつくりは違っても、目だけは同じ目
全員がプ~チンの目をしていたそうです

全員が嫌っていることはすぐにわかるのですが
ヘタなことすると、どうなるかわからない人たちですので
礼儀正しく、シッポを捕まれないよう大過なく、、、

「人間っておもしろいものだな
 外から廊下に一歩入っただけで共産党員が来ているかどうかわかる」と


やがて冬が来て、冬が終わり

2年目の冬には生き残っているヤツはいないだろうとの全員の予測は外れ
もうあまり亡くなる人はいなかったそうです

やがて初夏が過ぎ秋になり
もうすぐまたあの冬がやってくる

全員の顔が曇りだすころ

不思議なことに部屋に入ると

全員が喜色満面

「この冬が終われば私たちはペテルブルグに帰る
 日本人は日本に帰ることになった」

これほどの笑顔の日はなかったそうです

それから大隊長

おまえもペテルブルグに一緒に来い
仕事も見つけてやるし、もし大学で医学を勉強したかったらそれもできる
家も与えてやるし、良い嫁も探してやる
そして、もしおまえが共産党に入党したいのなら
7~8年はかかるが必ず入党できるように取り計らう

父は「両親が日本で待っているから」と

ウソなんですけどね

冬以外は毎朝水で顔を洗いすぐ日本の方角を向いて拝み
冬だと水はマキを燃やして作らなくちゃいけませんから貴重品
庭の雪で顔を洗って拝む

毎朝、大隊長たちはそれを見ていたそうで、、、

大隊長はドイツ戦で亡くなった息子さんを思い出していたのかもしれません

やがて冬が終わり、別れのときがやってきて
大隊長が苦しいほどに抱きしめてくれたそうです

舞鶴に帰還船が付き

桟橋に降りると、日赤の看護婦さんたちから

「皆様、ご苦労様でございました」といたわりの言葉をうけましたが

永らく日本の女性を見ていなかった父

日本人の女の人、、、こんなに鼻が低かったんだな、、、と

桟橋を歩いていると
少し先に立っている男が父をじっと見ていて

近づくと、、、

「○○さんですね」

フンイキがなんとなく共産党っぽい、、、

少し話しするとやはり共産党への参加の勧め

「福岡に帰り、両親の墓に挨拶をするまでは何も考えられないし」

そうやって振り切ったそうです

シベリアでプ~チンの目をしていた男たち
父はなるだけ目を合わせないようにしていたらしいですが

相手も仕事、、、

しっかりと日本帰国後に細胞となれそうな人間を選別し
リストを作っていたのでしょう

思想というものは末恐ろしいものですね

ただ、シベリア抑留が3年
帰国した日本はもうそれなりに復興していて

大学に戻るどころか、仕事がない、金がない

仕方なしに板付、今の福岡空港ですが米軍基地のアルバイト

米兵たちの食事後の食堂

「全員が終わったからどれでも好きなだけ食べていいぞ」

牛肉、豚肉、鶏肉料理からスパゲッティなどのパスタ類
ジャガイモやにんじんのシチュ~やス~プ、それに生野菜のサラダまで

それがまだ山盛りに残っているのを毎日見て、、、

シベリアのソ連軍の幹部たち
アメリカ援助物資のトマトペ~スト1ガロン缶を
お湯に注いでただ薄めたものがス~プ
あと黒パン2切れ

それが食事、、、

食事後には
やはり援助物資の紅茶にリンゴジャムを入れ1杯飲んで

「はい、それにて終了」

アメリカはドイツと日本の両面作戦をして、ソ連に援助物資を送り後方支援
そしてなおかつ、米兵にはこの待遇、、、
そして残りは全部廃棄処分

もし、この廃棄処分の食料だけでもあったら
シベリアの収容所で誰も死ななかっただろうと、、、

いくら戦車、カチュ~シャ、ミグを持っていても
ソ連は絶対アメリカには勝てない

国力の差は思想や兵器だけでどうにかなるものではない

そのすざましい豊かさの差を

「百聞は一見に如かず」ではないですが

一目見て実感したそうです



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