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徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
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節制と距離

12月22日 月曜日

いよいよ冬至ですね
これから先、1日1日と陽が長くなっていくように

私の懐具合と円相場も
暖かくなっていけばいいのですが、、、

甘いですね

ところで、、、

ここフィリピンだといつも暖かいし

特に最近、、、

クリスマスの影響か?
待望の、、、13ヶ月目の給料が出たせいなのか?

この縦割り長屋村もあちらこちらで小パ~ティ
道路に七輪ならぬバ~ベキュ~網でちょっと奮発気味の豚肉焼いて
ささやかながら盛り上がっております

私なんてここのピノイよりもっとロ~カルですし
バイクで通り過ぎるとき近寄って

大袈裟に鼻をクンクン鳴らしながら
「お~~マラサ な」

共通語のタガログならマサラップなんでしょうが
レイテの田舎者ですから、、、



さて、、、

今年の初めには違和感バリバリだったこの長屋村も
縁が出来て、もう1年、、、
この風景、この雰囲気に馴染んできたのか?

ささやかながら、、、の暮らしぶりに安心感というか
安らぎが見えてくるようになりました

ごく、フツウの人たち、、、

極端にいうと
ここの人たちスクワッタ~より慎ましい暮らしぶりかもしれません

日銭ではなく給料ですし
半月分を15日で割っての生活

ブレのない生活というか
元々ブレができるほどのハバがないというか

私が子どものとき
家の近所は安月給の給料取りばかり、生活も質素でしたが
下に降りると日銭の人たちも暮らしていて
店屋物の丼を見つけては「よかね~~」
子ども心にもうらやましかったように、、、

考えてみたらここマニラ郊外の長屋村
都心からの距離と頃合いからいっても
私が子ども時代の新興安普請村みたいなもの

なんとなく、、、似たところがあります

私のところの場合

皆さん九州各地の出身で
豊かではないけど、底辺ではなく
質素ながらも地道な暮らしをして
教養もそれなりに持ち合わせているが
現在の地位の不満からか子どもたちへの教育は熱心


ここの長屋の人たちも
同じ匂いが漂ってきます

その分、面白さも欠けるし
人情も下町に比べ薄いかもしれませんけど、、、

まあ大人の世界まではよく見えませんが
大人を映す鏡というか
社会の縮図の子どもたちを眺めてみれば

子どもたちがレイテと比べてちょっとお利口さんというか
お行儀が良い

、、、ということは、、、

親も放任主義じゃなく
自分の主義主張を子どもにも理解させるべき

そう捉えているのでしょうね


その分、ここの子どもの世界のピラミッドが弱く
私から見て、物足りないところもあります

逆にいうと
子どもにしても片足を子どもの世界においているだけ
その分安定しているし、上手というか、、、

子どもながら
ソツがないとも言えそうです

まるで日本に近くなってきますが、、、

これが子どもがこどもなりに
子どもの世界にドップリ入ると

大人と同じような世界になるし
子どもだけにわかりやすい世界が出現します

組織が出来て順列が定まると後はスム~ズにまわるのですが
順番が決まるまでは、それはそれは、、、モメにモメて
あちこちで収拾がつかないほどケンカ三昧

人間の基本というか?動物の基本というか?

まあ考えてみれば

各都道府県、そのまた下の各市町村
上も政府から行政、裁判所
会社であろうがヤクザであろうが部落解放同盟であろうが
人がいればそこには必ず組織というものがあって
組織である以上、基本構造は同じで、、、

人間誰しも人の下には立ちたくないのだが
なぜか順番というものがあり
それに従わねば存在できない仕組み

これは日本だけのことではなく
ヨ~ロッパのスキ~場でもサル山のごとく

ひとつの山に必ずボス猿がいて
その下にはズラリとNo2 No3~序列40位と組織作って
そしてそれを守るためのル~ルを持っている

しかし、、、日本でもそうでしたし
それも私が子どものころに始まったのか

そこにドップリと入りたくない人、入らないで済む人たち
そこでムリして居るくらいならそこを離れる、、という人が現れてきたのですよね

ドップリ浸かった人たちには絶対的なもの
鉄壁のル~ルであり犯すことのできないものであっても

片足しか載せてなく、いつでも身が引ける人たちにとっては
大したものでもないし、効果がない

それで、そこの組織に根をはやし組織とともに生きていく人
その側には浮草のように浮いたまま根もなくラクに生きている人が混在するようになり

しかし浮草が増えてくると否定しても仕方なく
お互い踏み込まないよう、刺激しないよう距離を保ちながら
棲み分けるしかない

まあ日本の場合
昔は農業ですから地域と個人が一蓮托生、一生不可分
やがてサラリ~マンが出てきて
その人たちにとって地域という組織と個人が別々の場合もアリ
ここまではそれなりに棲み分けが出来ていたのですよね

しかしその個人の家の中で
旦那は地域とはかかわりを持たなくとも会社という組織には
身動きが取れないほどガンジガラメ
しかし奥さんは浮草稼業のまま

これで地域と個人の断絶に加え
個人と個人の断絶

このようになっていき、、、、


今、私たちが住んでいる長屋村

ちょうど昭和30年のような

地元では縁が濃く、重層社会であっても
仕事と金を求めてきた都会では1番最小単位の家族が精一杯

必然的にかかわりを最小限に

結局、日本でもフィリピンでも全部は揃えられないし
こちらが良ければあちらが足りない

必要最小限の世界のなかで回っていくだけ

貧しいながら生活が安定してくると
同じようなカタチになっていくのか

思い出してみたら
私の子どもの頃のこの時期

よく夕方すき焼きの匂いがしていました

ボ~ナスも出たことだし
カミさんの兄弟を招待して1杯飲むか、、、

日頃節制している人たちが
ささやかな楽しみの会を開いて、、、

それはとても良いことなんですが
日ごろ節制している分だけ、、、いつのまにか人との距離は開いていき

人間って方向が少しずれると
歩けば歩くほど距離が開いてしまいますし

取り戻せないほど開いてしまうこともありますよね


ここの子どもたちを見ていて

ここもやがては日本のようになっていくのかな?

ふと、、、そんなことを感じてしまいました






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