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徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
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ブログを読んでいて驚きました


4月8日 水曜日

昨日は寒かったですね

思わず毛糸の帽子を被って、、、
スキンヘッドは便利は良いし、清潔なんですが

ムチャクチャ寒さが堪えるのです


さて、、、

昨日の「しばやんの日々」

このブログは2・26事件を辿っているときに飛んでいきました

まあこの事件については「2・26産業」と呼ばれるほど売れるらしいですね
東京の中心部を制圧し、重臣を殺害
しかし何から何まで謎に包まれて、、、諸説入り乱れていますし

私も若いころ疑問に感じて、本を読み漁ったことがあるのですが
結局、わからなかったのです

「これだ!」という確信みたいなものに出会えず
ずるずると読みまくる、、、そんな感じで

昭和2年と6年の昭和恐慌による国民の困窮と疲弊

1番に言われるのがこれですよね
赤穂浪士ではないですが昭和の義士だった

しかし、、、どうもそれだけじゃないみたいだし

嵌められ説もありますよね

有名なのが皇道派の真崎甚三郎あたりにそそのかされて
実行するとハシゴをはずされ捨石にされた、、、かわいそうな青年将校

真崎甚三郎は彼らをそそのかして事を起こしたが
自分に火が迫ってくると「知らぬ、存ぜぬ」の一点張り

荒木、香椎、柳川、山下などいろいろいますが
真崎甚三郎、悪玉説

いやいや、一見そう見えるが統制派の連中が嵌めたんだ

陸軍内の権力闘争説

はてや皇族内の権力闘争説まであって

まあどっちにしろ、世間知らずの軍人がそそのかされて暴発し
挙句の果ては全責任を取らされて銃殺刑

本当に悪いヤツらはのうのうと暮らしたが
結局敗戦という天罰が下った

まだまだいっぱいありましたが
まあいろいろありすぎて、、、

まあ私のような者がどう考えても
分かるわきゃないわな、、、それが結論だったのですが

ひとつだけ気になったこと

それは磯辺浅一の書いたものを読んだとき

「この人ってサヨク?」

そのころは左翼全盛のころで
戦前の日本はファッショとか軍国主義と決め付けられていたのですが
文章に表れる

「思い込みの激しさ」  「思い上がりの激しさ」

私のまわりにもいた左翼青年と同じものを感じたのです

もちろん読んで受けただけの感覚ですから
読む人によっても変わるでしょうし
人によっては

「これは間違いなく右翼青年そのままだ」

そういった印象を持つ人もいらっしゃるだろうと思いますが
私の感覚では

その当時の 軍人=右翼 この図式に

ちょっと待てよ

左翼が言っていることが一般常識みたいになっているけど
それをそのまま信用していいのか?

元々、ヘソ曲がりですから、、、

それで思い出したのが近衛上奏文だったか?

右翼も左翼も同じものであった、、、みたいな事を書いていました

右翼=左翼 だとしたら、、、

今、右翼の仕業と言われているものでも
実際には左翼の仕業だったのかもしれない

そのころの声を大にして、人が変わったように叫んでいる左翼を見て
ソ連もドイツも碌なもんじゃない
日本じゃ右翼といっているけど本当は左翼の仕業だったんじゃない

この気持ちがくすぶり続けていたのです

それから20年ぐらいして何で読んだのか?忘れましたが
誰かが、真崎甚三郎に尋ねたとき

「皇道派とか統制派などと世間は言っているが、そんなものはない
 ただアカが蔓延し、どうにもならないくらい、のさばっていただけだ」

そんな風なことを言ったらしく

そうかもしれないな、とは思いつつ
私も真崎甚三郎悪玉説が頭の中にあって、、、半分半分でしたね


「しばやんの日々」を読んでいると

私が若かりしころ知りたかったこと、調べていたことが
続々と書いてあるじゃないですか

>近衛文麿が昭和20年2月に昭和天皇に宛てた『近衛上奏文』の中で

 「是等軍部内一味の者の革新論の狙ひは、必ずしも共産革命に非ずとするも
  これを取巻く一部官僚及び民間有志(之を右翼と云ふも可、左翼と云ふも可なり。
  所謂右翼は国体の衣を着けたる共産主義なり)は、意識的に共産革命に迄引きずらんとする意図を包蔵し居り
  無知単純なる軍人、之に躍らされたりと見て大過なしと存候。」

昔、読んだのはこれだったんですね
本だと探すのが面倒ですし、本自体を捨ててしまってますので探すことも出来なかったのですが

そして真崎甚三郎のも
特高警察の宮下氏が右翼担当のとき真崎甚三郎を訪ねて話を聞いたとき

>「君、世間は知らないんだが、2.26事件の青年将校たちをふくめて、みんなアカなんだよ
  統制派も皇道派もそんなものはありゃしないんだよ。
  アカがなにもかも仕組んでいろんなことをやっているんで、軍もアカに攪乱されているんだよ。」

これだったみたいです

ネットって便利なもので、、、クリック一発ですね

そして疑問に思っていたことが次々と
天皇の終戦の詔を阻止しようとした宮城事件のことや
共産主義者たちの戦争引きずり込み、日本売渡し計画まで書かれています

私としては
陸軍の日本を満州に移転させる計画
これを表に出して欲しいですね

そしてこれが表沙汰になってくれば

いかにサヨク連中が自分の思い込みだけで考え行動し
その結果、どれだけ日本人が悲惨な事態になっても我関せずの無責任さを発揮するか

自分たちのためなら何でもやり、どれだけ人を殺し被害が出ても
なんとも思わない非人道さを見せ付けるか

サヨクですから他にもいっぱいありますが、、、

ルバング島の小野田さん
この計画の被害者ですよね

小野田さんには命令しておきながら
自分たちはGHQや自衛隊の資料室あたりでのうのうと生活している

満州の開拓団
貧しい人たちを国策にて送り込み、ソ連参戦が近くなると男は根こそぎ動員
15歳から50歳までらしいですが実際はもっと年の人もいたらしく
村には男はいなくなり

いざソ連が開戦するや関東軍はすぐさま朝鮮国境の通化まで下がり
根こそぎ動員した男たちは現地に放ったらかし

シベリア抑留者の数が厚生省とソ連側で違うのは
この人たちの差らしいですね
関東軍名簿には載っていずシベリアで亡くなったのもこの人たちが多かったそうです

そして満州に置き去りにされた老人子ども、女たちは悲惨を通り越した状態で歩いて南下

大本営、関東軍のサヨクどもは
この人たちも兵隊、軍人たちもすべてソ連に売り渡す計画

それどころか、日本までソ連に売り渡すつもりだったとか

元々共産主義者による満州国建設構想から移民計画
それを実行するために共産主義者が策謀し
中国に有無を言わせぬよう大陸奥地まで侵攻して
やがて中国を後押しする英米と戦争
末期になると無残にも開拓民を見捨てて地獄を味あわせ
戦後は同じサヨクが「日本が侵略した」と

サヨクのサヨクによる日本滅亡計画ですね

中国で歴史書は100年後に書かれるべきとあるそうですが
あと30年

サヨクの非道がこれからも次々と暴かれて
今までの歴史とは違ったカタチになり

それが正史になるかもしれません



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コメント

久※です。左翼~大嫌いなんですね。共産・社会主義教ですよ。歴史的背景で、農業が、主体経済で、ヨーロッパは、領主と小作人(=農奴)日本、庄屋と小作人(=農奴)、ロシア、領主と農奴。世界中、共産革命=農奴革命ですよ。とことん貧乏人が多くて、生きて行くだけで精一杯。共産・社会主義教に助けを求めて当然やったと思います。なむあみだぶつ、なんみょうほうれんげきょうに来世を託した背景と一緒と思います。現在は、社会の矛盾を感じて共産・社会主義教入信ですね。社会情勢背景的に仕方なかったと思います。私も奴隷階級でしたら、入信したと思います。
[2015/04/09 12:03] URL | ロベルト #- [ 編集 ]


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