FC2カウンター

プロフィール

徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

最新記事

最新コメント

CalendArchive

月別アーカイブ

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ

最新トラックバック

QRコード

QRコード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
3月に入りました


3月2日 水曜日

一昨日、昨日と冷え込みましたが
今日は打って変わって春うららの福岡です

3月に入り、少し気分を前向きに、、、なんて考えていたら
明日はひな祭りですね

もうずっと飾ってないですが
母がどこかに大切に大切に納しこんでいるでしょう

フィリピンにいたらクリスマス、フェスタ、誕生日などですが
日本だと3月3日のひな祭りや5月5日の端午の節句

考えてみたら子供を大事にして愛おしむ
良い風習ですよね

子どもの頃、ひな祭りの前にはよもぎを取りに行き
餅をついてよもぎ餅や食紅で桃色にした菱餅を作っていました

おひな様の5段の飾り棚に桃の花と甘酒と菱餅もお供えして

私としてはおひな様が終わった後
母が菱餅を切って油で揚げた「あられ」が好きでした

今でいうと「ポテトチップス」みたいなもので
あのころはコンビニもス~パ~マ~ケットもなかったし

お菓子といえば近所の駄菓子屋で
パラソルチョコレ~トが1番上のランク
それから大きなおかき
あとは5円の口いっぱいになる大きな飴玉

あとはパチンコのようなものでビ~玉と入れると本命には行かず
たいがい外れて、妙な甘さのサクサクしたお菓子

そんなものでしたから
米チップスのような「おかき」がすごくおいしく感じていましたね

考えてみたらそのころだったか?
油の一升瓶が800円ぐらいしていたのではないかと
今からいうとムチャクチャ高かったのですよね

それで今のように油を使った料理が頻繁にあるわけではなく
たいがいは煮物でしたし
ましてや子供のためのお菓子になんて1年に1度のことでした

まあ健康的というか
油欠乏症というか

肉もめったに食べることはなかったし

まあ博多ですし
子どもの頃は鯖が大量にとれていた時期らしく
鯖はよくおかずで出てきました

タンパク質と油分は鯖で

鶏の唐揚げなんて運動会とか誕生日の特別料理だったし
ランクからいうと「すき焼き」のちょっと下ぐらいですよね

まあカレ~は時々出てきましたが
「今日はカレ~だ~~」と大喜びするくらいでしたから
やっぱり特別料理だったのでしょう

考えてみたら質素な暮らしでしたね
私は毎晩飲んでいますがその頃の父はお酒は月に1回

それでも3軒隣のおばあちゃんは
「今の人たちは贅沢だ」とよく言ってました

その世代の人たちだと「卵焼き」が特別料理だったらしく
毎日が運動会みたいな暮らしぶり

今からいうと私たちの子供の頃は質素だし
その前の人たちはもっともっと質素

この100年くらいで日本人の食生活も激変しているのでしょうね

成人病も増えるはずです
元々のキャパが備わっていない体に食べものだけはいくらでも入るのですから

私のように糖尿病、高血圧、狭心症

なってあたりまえかな、、、と

今はそうでもないですが元々が油物が好きで
散々食べ尽しましたし
高カロリ~食を長年続けてきました

今はご飯はほとんど食べませんが
まるでフィリピン人のように今食べないと食べられなくなるかのように
食べてましたし

それに酒は浴びるほど

やっぱりなるわな


3月に入り、おひな様の後の「おかき」から振り返り
反省になってしまいました

イカンな~~


3月からは前向きに、、、なんて考えていたのですが

元々の素性が良くないのか

反省という名の後ろ向きになってしまいますね











スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://tokuemon30.blog76.fc2.com/tb.php/968-ea361868
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)