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徳衛門

Author:徳衛門
ほんのひとり言

青い空と酒があれば
どこだって住めるさなどと
若者じゃあるまいし

しかし年は気にせず
姿かたちも忘れてしまい

世間様に恥と顰蹙を
撒き散らしながらも
生きてます

AquariumClock 2

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日本とフィリピン 往復おやじのひとりごと
フィリピンには愛しき妻子? 日本には世話のやける爺婆? こちらを立てればあちらが立たず? どちらに行っても肩身がせまい・・・ ハズですが・・・ 大きな顔してエンジョイしてます
ボケてきたのか、、、?



3月22日 木曜日

もうお彼岸みたいですね

しかし福岡は雨で寒く
早く暖かくならないかな、、、などとつぶやく日が続いています

今、久しぶりにブログ画面を開くと

前回が12月31日

もう3ヶ月近くたったんだ

月日の流れが早すぎて、、、

付いていけないというか
歩調がまるで合ってない

だいたい、、、最初の1歩を出してないのですから
合うわけもないですけど、、、

かといって、、、

今更「新年明けましておめでとうございます」などとは言えないし

考えてみたら、私も62歳
昔だったら定年して7年、ちょっと前でも2年
天気の良い日は、縁側で日向ぼっこしている世代でしょうし

それが昔よりチョ~忙しく、世知辛い世の中に
13年も仕事もせず母の介護半分、フィリピンに半分だった自分が
突然、飛び込んでいるのですから

こっちに夢中の間はあっちはまるでヌケている

まるでピノイ状態というより
ボケ老人そのまま、、、


去年の10月か11月頃だったか
近所の老人ホ~ムにいる父親を訪ねた時

「徳さん、、、お母さんが『お父さんはどうしようね』と聞きよらんか?」

「あなたの奥さんは4月に亡くなったでしょう」とも言えず
「う~~ん そうね、、、」と言葉を濁してしまいましたが

今、考えてみると、、、

私より父の方がほんの僅かに期間が長いだけで
そう大差ないような気が、、、しますね


もうずいぶん遠くなりましたが
1月28日~2月5日までカミさんとケンがいるラスピニャスに行き

「やっぱり暖かいところがいいな」

私のことですから忙しい毎日でしたが
帰る前日は

「このままここに居たい、日本に帰りたくないな」

心底そう思いましたし

息子は今月小学校を卒業

カミさんが「中学校はどうする?」
「そうね。ケンは今の学校に馴染んでいるだろうが環境を変えた方がいいだろう」

書くことはそれなりにあるのですが

記憶は飛んでいき
いつのまにか月日は過ぎ去っていく

これはボケ防止に何か書いた方がいいな

いや 書くべきだ

このままだと父親のようになってしまう

そう感じた今日でした







日々が経つのが早過ぎみたいな、、、


12月31日 日曜日

今日はもう大晦日

ついこの前
「明けましておめでとうございます」
そう言ったような気がするのですが、、、

年を取ると月日が流れるのが早すぎますね

「寒い寒い」と言ってたらすぐ桜が咲き
「暑い暑い」と言ってた夏が終わるとすぐクリスマスがやってきて

瞬く間に
まるで、、、トコロテンかこんにゃくのように押し出されていきます

「あらま~~もう明日から平成30年」

2018年が始まってしまう


昨日は私の62歳の誕生日

若いころは自分の年と今年が終わるので
感傷にふけるヒマもありましたが

この年になると、そんなもの感じる暇もなく

「どうにかして!」と言いたくなるほど
月日が飛び去っていきます

2,3日前だったか?乗務中にお客さんにその話をしたら

「それは毎日が楽しいからですよ
 ヒマを持て余したり、その仕事がイヤだったらゼッタイそんなことはありません
 私が見るところ
 あなたはこの仕事に向いているし
 良かったですね。自分に合う仕事をして毎日を過ごせるって」

私としては、、、

向いているとは思いませんが
まったく向いていないとも言えない程度なんですけど

以前にも数人から
同じように「楽しく過ごせて良いですね」
そんなこと言われたのです

私の顔って楽天的に見えるのでしょうか

それはそれなりに「イロイロ」あるのよ
そう言いたいところもあるのですが、、、

苦痛と苦闘の日々
1日が長く、1月が長く
やっとこの1年が終わった

そう思うことなく

まるで新幹線に乗っているように「あっ!」という間に1年が過ぎ去って
いくら何でも「アッサリ」し過ぎてない?
私の人生って、、、特に最近は、、、?

そう思える方が幸せなんですかね

よくわからないところです


なんとなく、、、

この前書いたニコ君の父親、たぶん私と同じ年だと思いますが

1月ほどの前の朝
起きてこないので見に行くともう心臓麻痺で死んでいた

超特急のように日々が過ぎ去っていくと
私も一緒に駆けのぼって

「逝ってしまった」

そんな気もするのですが、、、



ところで、、、

最近はそんな調子で書くことも少なくなってしまいましたが
この1年、私の駄文を読んでくださった方々

どうもありがとうございました

皆様にとって2018年が良い年でありますように

「来年もよろしくお願いします。
 良いお年をお迎えください」



トラブル続きです

11月4日 土曜日 晴れ

最近、体調も良くなく、調子も出ず
何とも言えない日々が続いています

実は、、、

9月20日になってすぐの12時過ぎ
交通事故にあってしまいました

相手は逃走車だったらしく
赤信号で突入し私のタクシ~後部に激突
そのまま走り去り、しばらくして犯人は車を置いて走って逃走
いまだに捕まっていません

それも事故が起こったのは福岡県警本部角の片側2車線の交差点

警察も、、、犯人は分かっているらしいのですが
誤認逮捕とかでマスコミに叩かれたりしていますので
証拠を集めている最中とか、、、

民主警察か何か知りませんが、、、かったるい話です

そして任意保険に入っているのか?自賠責のみなのか
それとも無保険車なのか?

それすら「捜査中」とかで教えてくれません

「たいがいにせいよね」
思わずこんな言葉が頭に浮かんできます

一度、東警察署に出頭しデタラメだらけの調書を読み
まあ警察ってこんなものかな?

担当の警察官が
「かなりデカイ事件になっていますのでもう一度来てもらえませんか?」

「嫌なこった!」と言いたいところですが
車の運転が仕事の私たち
警察に良く思われてないといろいろ面倒なことも起こるかもしれませんし、、、

そして東署って遠いのですよ
私が住んでいるのは南区
仕事先が城南区
車持ってないからバスと電車と地下鉄に乗って「えっちらおっちら」
事故が起こったのが博多区と東区の境界線
たぶん、、、道路の中心線で分けているのでしょうが
もし反対車線だと博多区で博多署なんでだいぶ近かったのですが、、、

思わず「カンベンしてよね~~」
そう言いたくなります

そんなとき
カミさんから携帯電話にメッセ~ジが入り
SKYPEを開くと

フィリピンにある私の車(エスティマエミ~ナ)が
使用していないのに長期間駐車してあり近隣住民からクレ~ムが入って
町内会みたいな組織から「至急移動して」との勧告文を持ってこられたそうで

「ありゃま~~」

カミさんじゃ運転できないし
車の処理もできないだろう

しばらく考えていると、、、

良いアイデアが浮かびました

もう車として売買できないので
町内会にスクラップ部品として処理してもらい
そのお金を寄付してしまえば私たちが手を汚さず
町内会もニッコリ

「これでいこう!」

なんぼかのお金をカミさんと息子に渡してやりたいのは
やまやまですが
それにこだわっていると前に進まなくなるし

それしか方法がない

近所のニコ君の父親が町内会の役員をしているし
車のことも詳しそうだから相談してみろ

これでうまくいくし難問解決

ところで、、、なぜ車として売買できないか?というと
3年ほど税金を納めていないのです

私たちが引っ越してくる原因となったヨランダ台風のとき
タクロバンのLTOが海水被害にあい書類もPCも全滅
私の車の記録が残っていないのです
それを復元するためにタクロバンに行き
フィリピンのことですから日数もかかるでしょうし
そして税金を納め車の塗装修理してからやっと売ることができる

私がフィリピンにいてレイテに住むのだったらいいですが
今ラスピニャスに家族は住んでいて
私は日本ですから
そんなことは出来ないのです

仕方ないよね

それで納得するしかない



しかし数日後、、、、
カミさんから書き込みが

カミさんと話してみると
ニコ君の父親は3台の車と大型バイクをもっていたが
日産サファリを廃車処理したとき
手に残ったのが「150000P」

「なかなか良い値段が付いたじゃない
 ウチの車でも2万Pぐらい、、、いやもっと値が付くかもしれない」

「チガウ チガウ」 「150P」

「は~~?」

日本にまで廃車部品を買いに来てコンテナで送っている連中がいる国で
150P?

なんじゃそりゃ~~?

もちろん仲介した人に謝礼を払った残りでしょうが
150Pとは

カミさん曰く
「あれで150Pならウチのは70Pかもね」

それじゃ寄付にならないやんか

フィリピンでは考えて考えて計画しても
足元から崩れ去ることが多いですが

今回もまた、、、

あ~~何か良い手を考えなくちゃいけませんが
もう時間もないし

良い考えを教えてくれる人もなし

困ったものです




フィリピンに行ってきました ②

部屋に戻り、疲れて眠いですが
ケンケンに公文を少しさせよう


そう思ってカミさんに声をかけますが

カミさん
「ケンケンに公文のブックレットを2日分持っていくように言っていたのに
 忘れてきている」

当たり前だろう
プ~ルに行くのに頭がいっぱいで
ハナから勉強しようとなんて思わないし
持ってくるハズもない

だから私はおまえさんに持ってくるように言ったのに

まあそれ以上言っても仕方ないので
全員すぐ爆睡しましたが、、、

翌朝6時起床
7時にはプ~ルに

ここは公営なのでチェックアウトは11時
15分までは許すがそれ以上過ぎるとペナルティ

まあ10時まで遊んでまわれば十分だろう

しかしケンケンは10時になろうとしても
「まだまだ」  「まだまだ」を繰り返します

「また来ればいいじゃないか」

それから彼はご機嫌ナナメでしたが

シャワ~をして荷物をもって国道に出ると2~3分でブエンディア行きのバスが来て乗り込み
バス料金を払うとすぐに爆睡
起きるともうマカティとパサイの境目
SLEXだと早いですね

バスを降りるとこれまた2~3分でSMサウス行きのバスがきて
飛び乗り30分ほどでベルダン
トライシケルで10分後には家に着きました

時間にして3時間弱
交通費も1人当たり往復で600p弱

これだと庶民のリゾ~トになれますね
バギオは遠いし高いですがここだと充分です

家に帰り、息子に公文をさせ私は爆睡

夕方起きると息子はまだ公文をしています
因数分解ですがやはり日本のやり方でしょう
最初はカンタンですがすぐに複雑になって
1ペ~ジの表裏 22問中7問、間違っていますし
4時間してもまだだいぶ残っています

こりゃ~いかんぞ

息子も最近サボリ気味

そりゃ~そうでしょう
1日6時間や8時間公文の算数やっていれば
遊びにも行けないし、ギタ~も弾けない
なんたって彼女とFacebookでやり取りできない

そりゃあ私の息子ですから問題集隠しても遊びに行きますよね

それからマッサ~ジに行くつもりでしたが中止して
11時まで様子を見ながらさせました

翌日はカミさんとマッサ~ジに行ってバクラ~ランで買い物でもするつもりでしたが
朝7時から息子に付きっきり

息子も最近サボッていますのでアタマも混乱して

それを一つ一つ説明して
問題を解いていきます

今は1冊8時間かかっても慣れれば6時間、4時間、3時間と早くなっていく

それにしても本人も大変なことになっているし
それを母親は全然理解していないし
私は日本ですからまったく何も知らないでいた

迂闊でしたね

夜の8時までかかってやっと3冊終わりました
英語の4冊は手付かずでしたが、、、

しかし私としてはこれでいいのではないかと思っています

私の子ですから勉強より遊んだほうが楽しいし
女の子も大事
そして女の子や野郎どもに受けるためにギタ~も上手になりたい

しかし私たちはフィリピンで何のコネもないしツテもない
すべて息子が努力していくしか道はないし
すべてナシ、0にせよとまでは言いませんが
限りある時間を勉強に費やしていくしか方法はありません

おまえが公文をさぼってGive upすれば
わたしもおまえさんをGive upしてレイテに帰す

そう言い渡していますし

本人もひたすら問題を解いていけば
遊ぶ時間は減少されていき
ひとりで勉強する習慣がついていくかもしれない

期待通りに物事は進んでいきませんが

何とかそのように持っていければ

そう思っています


それからラスピニャスの知人が我が家にやってきて
3時間弱談笑

カミさんも喜んでました


8月の稼ぎ時
こころの声を聴いたような気がして
欲をブチ切って行ったラスピニャス

やっぱり行って良かったです

ここで行かなかったら息子はすぐに押し流されていたでしょうし

結局ダメでも親としてできる限りのことはしてやりたい

今まで一度も口に出すことはありませんでしたが
今回初めてカミさんが10回くらい、息子が3回

「パパ日本に帰らないでくれ」

そう頼んできました

2人ともけっこう追い詰められていたのかもしれません

私もそうしたい

しかし私はフィリピンで二人を養っていくほどの甲斐性がありませんし
スキルもないしそれを伝えるツ~ルである英語フィリピン語も出来ません

申し訳ないけれど
日本でタクシ~の運転手してお金を作るしかない

ごめんね

しかし私としてできる限りのことはするから


今回も行って良かったです
行かなければ後悔するほど行って良かったです

ただ、、、最後のところで息子のことで手一杯

お土産も買ってないし手ぶらで日本に戻ってきました

今日から仕事ですが

何もなかったように
何もなかったかのように

サラリと時間を過ごして

やり過さなくちゃいけませんが、、、、



フィリピンに行ってました


9月5日 火曜日

小雨が降って少し寒い福岡です

昨日フィリピンから戻ってきて
まだまだ猛暑が続いているとばかり思っていたのですが
着陸前の確か2時過ぎぐらいだった飛行機のアナウンスで

「ただいまの福岡の気温、摂氏25℃でございます」

え~~?
もう秋になっているんだ

うれしいような
拍子抜けしたような

しかし、、、もういいですよね猛暑の日本は


今回は8月28日~9月4日までの渡比
本来は8月は売り上げが上がる月なのですが
どうしても行きたくなっていたところに

スカイプで「ケンケンが言うことを聞かない」と
カミさんが泣いている姿を見ましたし

収入を捨てても
「やっぱり行こう」と

行ってみると
健太郎もまた背が伸びてもう私の眉毛までありますし
背が伸びる時期なのか身体はスリムになって

人間もブタも一緒で
背が伸びてそのあと太って肉が付くとまた背が伸びて
それを繰り返しながら成長していくものなのでしょう

翌朝、学校に送っていくために待っていると
なかなか2階から降りてきません

カミさんに「何やってんだ?」と問いかけると

「髪をジェルでセットしている」

「ふ~~ん」と頷きながらも
もうトニックの時代じゃないんだなと少し寂しい気持ちに

少しして降りてくる姿を見て
「コヤツ、、、女ができたな」

そのことには触れずに学校に送っていきました

家に戻りカミさんに尋ねると
同じクラスの女の子で毎日Facebookでやり取りしているとのこと

カミさんがそれを読んで、、、

そして黙っていればいいものを
ピノイというかピナイですからすぐそれを本人に話して

それから本人は名前を変えて
それでも探し出されると終いには暗証番号変えてロックしてしまい
カミさんは万事休す

それと息子は最近ギタ~にハマっているようで、、、

今の世の中、便利なもので
Youtubeで弾き方、練習の仕方まで
映像で見れますし

まあ私も同じことをやってきたので
あまりやかましく言えませんが、、、

しかし公文に行く火曜日の前日
まあ月曜日ですが
カミさんがチェックすると問題集を3日分やってなくて隠していたことが発覚

この時は私も声を出して叱責
本人は晩飯も食べずに泣きながらやっていました

私も甘かったし状態を把握してなかったので
公文の帰りに息子が欲しがっていたフォ~クギタ~を買って

値段は5分の1ですが
私が高校1年生の時に買ったモ~リスより弾きやすいし音もよい

息子は喜んで
家に帰ると晩御飯も食べずに弾いていました

次の公文の日、木曜までは通常通り
そして金曜日が休日になると政府が発表して

それだったらケンケンを無理に学校を休ませなくても
ロスバニョスのプ~ルに行けるし
急遽休みなので部屋も取れるかもしれないぞ

金曜日は早朝から息子をたたき起こし
6時には出発のつもりですが
約2名はピノイ
7時に家を出てトライシケルでべルダン
ロ~トン行きのバスに飛び乗りブエンディア

DLTBに乗るつもりでしたが7時50分
「ロスバニョス」 「ロスバニョス」と叫んでいたら
最初にあるバス会社の車掌が「これ」「これに乗れ」
行先は「サンタクルス」

本当に大丈夫か?ヘンなところで降ろされてもいやだしな

乗客はまばらだったので
「いつ出発するんだ?」
「すぐ」

だったら8時発だろうと乗り込み
乗客に「ロスバニョスに行くか?」
「Oo」

まあ大丈夫だろう、、、

ただ8時になっても乗客は10人ほどでバスは動く気配なし

しかし8時過ぎると急に人がバタバタと乗ってきて
すぐ満席
8時10分に運転手が乗り込んできた時には立つ乗客も3人

いつもながらよくわからないフィリピンですが
これでいよいよ出発だな

車内にはWIFIがあり
息子にセッテングさせネットもスム~ズに使えるし
息子に席を変わらせ、カミさんを横に座らせて
ホテル名と電話番号をメモして

片っ端から電話させるも
「満室です」「満室です」ばかり

やはりフィリピンでは有名リゾ~ト
当日ではムリかな?

しかしどこに行っても空いた宿はあるはずだし

1軒 MAKILING HIGHLAND RESORTは電話に出ない

ここは安いし、プ~ルもいっぱいあるし、ウオ~タ~スライダ~もいっぱい
狙い目なのですが評価はイマイチ

とりあえずそこに行ってみるか
腹を決めると急に眠くなりそのまま爆睡

起きるとカランバを過ぎ、道路ぎわには浮袋がいっぱい並んでいます

「ありゃ~通り過ぎたか?」

あわててカミさんのタブレットにMAKILING HIGHLAND RESORTの地図を出させると
ホテルの名前とマ~クが出てその少し前の道路上に青丸が

「これは何だ?」

「We are here」

世の中はここまで進化しとるんか
日本では聞いていたがこのフィリピンの田舎でも、、、

これさえあれば人に聞くこともない

ホテルに行く交差点に青丸が来たとき

「ぱ~ら~~」

フィリピンのバスですから少し通り過ぎましたが

私たちがバスを降りると
車掌は怪訝な顔をして「もっと先」と指差しています

コイツは私を韓国人だと思って88温泉に行くものだと思っているのだろう
しかし私は日本人
88温泉じゃなく8段格下のピノイ庶民御用達リゾ~トに行くのだ

MAKILING HIGHLAND RESORTに行く道を確認して
「さらまっぽ~」でサヨナラ

ネットで「急坂なのでタクシ~かトラシシケル利用がよい」と書いてあり 
覚悟して歩いていくと拍子抜けするくらいあっけなく到着

日本人なら歩いてもゼンゼン問題ないじゃない

門をくぐり姿を見ると

「ありゃ~これは公営じゃない?」
カミさんもすかさず「public」

私がすぐ契約してお金を払おうとすると
カミさんが「先に部屋を見た方がいいんじゃない?」

そうだな、、、ボ~イが荷物をもって3人で部屋に
狭いけど新しいしエアコン、トイレ、シャワ~洗面所の水もバッチリ

私がレセプションに戻り契約書を書いていると
電話が鳴り、女の子が上司に尋ねると

「今晩はノンエアコンル~ムが2部屋残っているだけ」

お~~間一髪セ~フ

まあ公営ですから評価が良いはずもなく
多くを望むことは出来ませんが
私のようなタクシ~運転手の家族だとこれで十分

すぐプ~ルに飛び込み
息子は遊びまわり、カミさんも満足そう

それにしても子供は元気ですね

プ~ルサイドのテ~ブルで
日本から持ってきたフランスパンにハムとレタス、キュウリを挟んだ
サンドイッチを食べる暇も惜しんで走ってプ~ルに戻っていきます

私たちは「元気、元気」と頷くだけ

夕方まで泳いだりウオ~タ~スライダ~で水中に突撃したり

もうクタクタ状態でしたが
前日に突然の夕立が来て
まるで台風並みでしたので
私たちには現金が残っていず

トコトコとハイウエイまで歩きジプニ~に乗ってカランバの街まで

ATMでお金をおろしミニストップで缶ビ~ル、ジュ~ス、水を買って
チャイニ~ズレストランを探しますが見当たりません
海外をほっつき歩いていた私はテクテク歩きながらも
嗅覚を働かせているとトロトロらしきものが
店じゃなく倉庫の入り口のようなところにテ~ブルが少し

ただ、品数は豊富で人だかりが絶えません
ほとんど全部の人が持ち帰りですが、、、

「ここは当たりだぞ」

カミさんも頷いて

食べるとき買ってきたビ~ルを飲んでいいか?

「あっちでOK」と奥を指差しています

そこはちょうど陰になり表から見えませんが
屋根はあるけど壁はなく
室内のような野外のような

しかし私にとってはベストポジション
ビ~ルは飲めるし、タバコは吸える
そして味がよく、なんたって安い

ご飯3人分、名前は忘れたけどバ~カのス~プ
おかずが8品

このチキンカリ~、ママの味に似ているね
ビコ~ルエキスプレスも良く、家に戻ってからカミさんが早速マネして作っていました

お腹も減っていましたし
全員で堪能して支払金額はジョリビ~2人分より安い

この世の幸せを感じながらジプニ~に乗り
急坂も何のそので部屋に帰りました